人喰い鬼だ。
さくの住む村では、その噂で持ちきりだった。
突然、村人が消える事件が続出しているのだ。
最初の一人は、山で迷ったか、人目につきづらい場所で、怪我をして難儀しているのかもしれない。
あくまで、日常で起こりうることの範囲内だった。
村人総出で捜索したが、見つかることはなかった。
そうして一人、一人と、何の前触れでもなく、消えてゆくのだ。
夕暮れに他の皆から、離れた後で。
暗い曇り空の日に、家から出かけた後に。
まるで神隠しである。
しかし、閉ざされた社会である、この村で、大事件として騒ぎにならず、
畑仕事と家事手伝いで、日常を終えるだけの、さくの耳に入ったのは、理由があった。
一家の大黒柱たる男、たくましく強そうな若者、村の自治に関わる権力者は、狙われなかったからである。
影の薄い存在感のない者、やや孤立している者、体の弱そうな者を狙っているようなのである。
そして、女子供の犠牲者は一人も出ていない。
行方不明になった者の家族が、村役人に泣きついて、はじめて発覚するのだ。
女子供は狙われないという確証はない。
それでも父親からさくに、特に用心するように注意があったことはない。
そういった事実があるから、村の男達は、さくや女子供たちの安全に、必要以上に神経質にならなくてよいのではないか。
さくの元に来る情報から、組み立てたことは、こうようなものだった。
さくは、どちらかというと内向的でおしゃべりという訳ではない。
ただ聞き上手であった。
そして、空想に心を遊ばせることが、好きなのである。
こういった問題を抱えていれば、村全体が、恐怖に包まれていいはずだ。
それでも、さくに噂を運ぶ女友達も
、半信半疑なのは、どこかで戒厳令が敷かれているからではないか。
そもそも、人食い鬼が存在するなど、正気の沙汰ではない。
やはり、こんなことを受け容れられるように、人間は作られてはいないのだ。
きゅうっとなる胸を押さえながら、何かの間違いであってほしいと、願った。
夏はとうに過ぎ、冬が近づきつつあった。
つづく