すみませんウィスキーの飲みすぎで丸一日二日酔いで死んでいて編集の続きが遅くなってしまいました。

大変申し訳ございません。



2冊を読んで感じたこと


企画力は情報収集力、課題設定力、分析力、統合力、創造力の主に5つの要素に分解されます。


この中でも最も重要だと思ったのが創造力で、起業願望の強い自分にとってはこの0から1を創りだす力を身につけていかなければいけないと強く感じました。


「企画とは人の知らない領域にある」

とCCCの増田社長も言っているように、一般の人には理解されないようなことを考えなければならない。

たとえば任天堂のDSやappleのipodなんかはまさに上記にあてはまり、一切マーケティング調査を行わず製品開発を行ったとのこと。

すなわち顧客のニーズを企業側が創りだす、まさにドラッカーの言うマーケティングの肝となる「顧客の創造」をしていく力が重宝されるんだということを強く感じました。


著書では


「マーケットイン思考からプロダクトアウト思考へ」

と記されていて、このプロダクトアウト思考こそが今後自分が磨いていかなければならないスキルなのかなと思い、今後も精進していかなければならないと思いました。


会社がもとめている人材は「企画のできる人間」。

こうやって、企画に関する本を読み、やはり企画の重要性、そして使う力の必要性を再認識させられました。


私が以前働いていた会社では、シックスシグマに基づく経営がなされていました。知識を詰め込むことも重要だが、その知識を効率よく活用しなければ、海外に勝てない。日本の美学「気合いと根性」では世界に通用しなくなってきた、そう気づいた出井さんが、全面導入を行ったと伺っています。
そして、社員は新人の時からシックスシグマの教育を受け、それを使ってプロジェクトを進めていきます。普段の業務においてシックスシグマを活用させることによって、全社員の「使う力」の底上げを図ったのです。




会社がもとめている人材は「企画のできる人間」。

このニーズは実は、今も昔も変わっていない。そう私は考えています。

では、なぜ?今、以前にも増して、このことがささやかれるようになっているのでしょうか。


それは、まず、日本のモノづくりの「モノ」が次第に「ソフト面(環境整備など)」にシフトしているということが挙げられると考えています。次に、工場などの大規模生産から、小さな組織への移行です。ソフトの開発は、小さな組織で世界に通用する技術を生み出すことも可能です。大規模に行わなくても、世界を相手に商売ができる。戦後の日本では考えられなかったことだと思います。
このように、モノづくりの「モノ」の定義が変わってきたこと、大規模生産から小さな組織による生産に移行してきたことによって、「企画のできる人間」がより求められているのだと私は思いました。




この本を読んで、自分には企画に必要な力がまだ、全然足りないと感じさせられました。この力は、身につけて全く損がないので、常に意識して能力向上を図っていきたいと思います。


それ以前に、私は今、自分と向き合い何がしたいか真剣に考えています。人から見れば、怠けてるとしか見えないでしょう。しかし、今の自分があるのはあの時があったからと、言えるような自分なりの答えを出して見せます。

という感じの今日この頃です。次第に追い込まれてきました…自分でわざと追い込んだのですが、さすがにドキドキしてきました。このスリルを楽しみながら乗り越えたいと思います。


本書に登場する方々の年齢は日本の高度経済成長期を最前線でリードした世代の年齢層と重なる。


終戦前後で二十歳を迎えた彼らの価値観に触れ、高度経済成長を支えた年代の活力の源泉を推し測るとともに、自分自身の生活を振り返った。








彼らの価値観の形成に対する戦争の影響は大きい。




ひとつには、死と隣り合わせの環境を切り抜けた、という実感があるために自分自身が生きていることの感謝の気持ちや「一度きりの人生」を納得するように生き抜く、という意識の本気さが伝わってきた。




辺りは焼け野原で、生活は貧しい。少し位他人と異なったことをしても所詮は貧しいという感覚があった。


それゆえ、自分自身が納得する生き方を、あるいはどうせなら思い切ったことを、という思いが強い。




そして、決めた道において「戦争のストレスに比べれば」と全力で打ち込んでいる。(殺されるかも知れないという環境に比べれば、「過労」なんて大したことないということだったのかも知れない。)








漫画家、文学者、ジャズドラマー、と登場人物が活躍するフィールドは様々であり、各人が独自の価値観を持っていた。

フィールドの違いも然ることながら、各人の生き方がそれぞれユニークであったが、既成の価値観に捉われず、自分らしく自らを活き活きと表現しているということに関しては共通していた。

戦争を通じて形成された価値観を基にそれぞれの道を逞しく歩んでいた。

現在に至る各人の後の人生をそれぞれの「二十歳のころ」が支えている。

彼らにとっての「二十歳のころ」はそんな大事なスタート地点だったのではないだろうか。








今月末で会社を退職する。修業期間を終えた、という認識だ。

7月からは自分の能力や興味、二十歳以降の経験や人脈を最大限活用して、自分らしい自己表現を積み上げていきたい。

自分にしか出せない色を全力で描いていきたいと思う。

戦争を経験した世代に負けないくらいのエネルギーを持って。








決められた大きな枠の中で他人と一緒に競争したってしゃあない。

人と違う、うまいことを見つけるのが本当の競争なんやから。


(森毅 京都大学名誉教授)





遅くなりましたが、ブログの更新をさせていただきます。

実は、本書に対する第一印象は非常に悪かったです。本書のタイトルである「20歳のころ」という本を見て、『なんか変な本だなー』と思いながら、ぺらぺらとページをめくっていました。
しかし、次第にのめり込み、2日で600ページ超の本を読み切ってしまえました。これは、今までの人生でなかったことでした。

最初の立花隆さんのイントロダクション部分を本を読み終わった後に、再読したときに、読む前には良く分からなった部分が明白になりました。

「20歳のころ」の中で、著名な方々に振り返って頂くということの意味。それは、「自分の価値観」を決定する20歳前後のころに、短絡的に「自分はこうだろう」と決め付けず、様々な価値観を知り、触れ、理解することで、大きな価値観の変動がおきるんだなあと思いました。

以上を振り返りながら、自分の経験を振り返ってみると、「一番自分の価値観を震わせた人」として僭越ながら僕の元彼女の話をしたいなーと思います。

皆さんがご存じのとおり、僕は海外で留学をしていました。

その時に彼女がいたのですが(外人ではありません)、彼女はnursingの授業を専攻し、「留学の後、イラクに行く」といっていました。

その頃の僕は「わーい、お金だいすきー資本主義最高ー」みたいなキャラで、今思うととても一途で強力な思考を持っていただけに、攻撃力が今よりもはんぱなく高かったです。

そんなこんなで本当に真逆であっただけにお互いに強く興味を持ちましたが、喧嘩が絶えませんでした。
特に真逆だなーと思ってしまったところは、『人のために頑張る』というところの”人”の定義でした。
僕が当時思ってた通りそのまま話すと、ここでいう”人”というのは、やはり家族・友人といった直接的関わりのある人が僕にとって”人”であって、正直他はどうでもよかったのです。
一方、彼女にとって”人”は、生きている人なので、本当にすべての人々に対して、貢献したいと心から思っているなんかいうわけですよ。

そのときには「ふーん」程度にしか思っていませんでしたが、そんなような価値観を持った彼女に出会ったからこそ、今の僕があります。少し大人になってもっと自分が分かった時に「自分が本当になしたいこと」へと繋がっていきました。

自分をよりシェイプアップしていくためには、本当に様々な価値観をもっている人と触れる事は重要だなーと再確認しました。メディウィルのインターンの方々も、普通に生活していたらこれまた自分の人生ではきっと出会わなかった人々です。
今日は様々な価値観に触れられる事を期待しています。

福岡
こんにちは、安齋研一郎です。

今回は「二十歳のころ」について。


この読書会の意義は「人の価値観を知る」ことなので
今回はきれいにまとめることよりも
自分が「二十歳のころ」を読んでどう思ったか
率直な意見を・感想を書かせて頂きます。








二十歳のころ。
私は今ちょうど二十歳です。

二十歳というのは多くの人にとって人生のひとつの節目なんだろうなと
思います。







中学・高校までは学校の卒業と次に進学する学校のことを考えていれば良い。
大学1年はまだ大学に入ったばかりだと自由に過ごす。
就職が決まってしまえば目の前の仕事をこなすばかり。

そんな中で二十歳の頃(大学3年生の頃)というのは

残る半世紀ほどの人生で何をしたいのかを考えだし、
常に自問自答を繰り返すような
今まで狭い空間で生きてきたのに
いきなり広い場所に引き釣り出されたような
そんな、とても不安定な時期だなあ。









などと、考えつつ
「二十歳のころ」を読み始めました。


読み進めていくと
様々な人の二十歳のころの様々な経験をなんとなく感じることができました。


しかし彼ら彼女らと私では
生きている時代も違えば生まれた環境も、目指すところも違うから
比べても仕方ないな
とか
生意気でひねくれてるので
へえそうなんだくらいに思いました。
(選んでいただいたのに、すいません。いいお話はたくさんありました。)


なので、
自分の二十歳の頃を考えることにしました。


自分は二十歳になった頃は
現在所属しているTNKでディレクターなるものに選ばれた頃でした。

そして私の二十歳がおわる頃には、そのTNKを引退する頃です。

つまり、将来子供や孫に
自分の二十歳の頃を語るときには間違いなくこのTNKの話をたくさんすることになるわけです。
(残念ながら、現在彼女がおらず大恋愛をしていないので。)






その自分の話は「二十歳のころ」に載せてもらえる程、
今の自分は素晴らしい時を過ごしているのかと。。。。









載せてもらえるように、残り4ヶ月ほどの二十歳のころを
精一杯生きて行きたいと思います。


そんな気付きを与えてくれた
「二十歳のころ」にとても感謝しています。



安齋研一郎
























二十歳のころを読んで






1.「二十歳のころの人」へのメッセージ



立花隆のもとに集まった東大生が、学生時代のゼミナール活動を通じてどのようなアウトプットができるかをゼロから企画実現した書籍である。本書の製作を通じて、参加した二十歳前後の学生たちは、①自分たちの会いたい人にアポを自ら取る⇒②インタビューをする⇒③原稿におこして執筆する⇒④立花隆が文章の校正する⇒⑤学生達で編集する、といった経験をする。




学生たちは、原爆の被害者達のインタビューを通じて、「今の二十歳の人達は恵まれている」という意識を学んだり、筑紫哲也に代表される「二十歳の頃は何をやってもいい(逆に何もやらないことが一番よくない)」という自由であることの良さを学ぶ。また、横尾忠則のインタビュー記事で書かれている「運命のいたずら、人の縁」がもたらす人生への多大なる影響は、本書を通じて共通したメッセージであった。





2.立花隆の狙い




立花隆の学生に対するテーマの投げかけは非常に興味深い。まず始めに学生達には、「本を出す」ということだけを提案し、どのような内容の本にしたらよいかを学生達だけでまずは考えさせる。次にアイデアが行き詰った頃合いを見計らって、出版社の大人が学生達にアドバイスし、自分が会いたい人に「二十歳のころ」というテーマでインタビューして執筆するということが決まっていく。学生達は、「やらされている」気持ちではなくて、「主体性」、「当事者意識」を持つということにこの時点で成功している。





そして、インタビューの相手は、自分でアポを取るということをさせて、「人に会う難しさ」と同時に「学生の強み」を学生達に経験させている。実際のインタビュー、取材にあたっての立花隆のノウハウを伝授するものの、頭では分かっていても実際にやってみることの違いを現場で体験する。


最終的に原稿を書く段階においても、読み手の立場に立って書くこと学生達に徹底して伝えることで、「調べて書く」ことの難しさと同時に文章で知識を人に伝える楽しさを感じさせているように伺えた。




3.本書を通じて学んだこと


立花隆だからこそできるということは差し引いても、「人生設計に迷える二十歳の学生達が何をしたら良いのか?」という究極的な問いに対して、一つのヒントになっていると感じた。大人は若者たちに対して、自分の考え、経験を押し付けるのではなく、彼らが主体的に取り組める環境づくりと行き詰った時にアドバイスを与えて導くという役割を担っていることを学んだ。このアプローチは、大きな軸の元に集う仲間達に主体的に働いてもらう環境を創るという経営にも相通じることがありそうだ。





水曜日のインターンセミナーのプレゼンの中に組み込もう。
















この本はタイトルからしてとてもそそられました。

「二十歳のころ」というまさに二十歳な自分にとってどんな影響をくれるかなぁと思い、読み始めました。
人物伝(伝記とまでは言えないかもしれませんが)というのも興味をひかれました。
最近出会った人に「人物伝はいっぱい読んだほうがいいよ」と言われた上に、もともと自分も好きな本のジャンルだったからです。


そんな思いを抱き読み始めたこの「二十歳のころ」

そして実際読んでみて、とういうよりも読んでる最中に


もっともっと攻めていかなきゃ
自分の好きなことを本気でやっていかなきゃ


という思いに強くかられました。
二十歳という一見人生においては影響力の少ないような年ですが、実際にはこの年代の経験が人生においてすごく大きな意味を占めている人が多く登場していました。ほんとに多種多様な「二十歳のころ」があり、それを自分に投影したときに自分は今どのような「二十歳のころ」を送っているのかなと考えさせられました。

最近自分は経験も大事だが、じっくりイスに座って勉強する時間を増やそうと考えていたところでした。
今までの大学生活は経験を最優先し、活発に行動しようと思っていました。それが最近では語学や教養、会計やビジネス様々な知識をじっくり身につけようという気持ちが大きくなってきたのです。
このどちらが大事で、どちらが正しいということはないと思いますが、この本を通して「経験」することの大切さを改めて感じました。
まだまだ経験は浅いので、二十歳という人生に大きな意味をもつこのときに多くの経験をして、視野をどんどん広げていきたいなと思いました。
知らないことだらけのこの世界。
本を読んだだけでこんな世界もあるのか、と思う自分は、実際に世界に行くとどれだけ知らない世界が広がっているのかと思うと興奮します。

そしてふと「自分はまだまだ守っているなぁ」「もっと自分の好きなことを好きなだけやりたいな」と思うようになりました。
本に登場する方が全員すごく攻めているというわけではないのですが、いろいろな人生、生き方に、文字を通してではありますが、触れるうちにそういう気持ちが強くなってきました。


さし障りのない、ありきたりなレビューになった気がします・・・文字を書くって難しいですね。
みなさんと話し合いたいこと(これは書かなくてもいいのかな?)はやはり「自分の二十歳」についてですかね。

それでは水曜日にお会いできるのを楽しみにしております。


菊川 航希

自分がメディウィルでのインターンをきっかけに自分が出会った人や、本というのはどうしても起業やリーダーシップ、ビジネスといったものを中心として回っていたように思えます。


そんな中で今回の課題図書である「二十歳のころ」は、上記のような要素は関係無しに様々な方を対象としてインタビューを行っており、自分向きの本であるように感じました。




全体を通して感じたのは、人間それほど二十歳で大きく変わるものではないということ。


取材対象の方々は想像よりもずっと二十歳のころをスムーズに通過しており、それからの将来へ繋がるポイントとしては、やはり二十年間の人生総てが大きく関わっています。


これを現在の自分に向けて落とし込むとすれば、自分自身の人生をまとめ、社会に出ていく上での基幹として再認識するのが「二十歳のころ」なのではないかと思いました。




生きていく上での基幹というものは確かに自分の中に存在しています。
しかし社会に出て行くという状況に対応した基幹がまだ自分の中にはなく、これは前々から不安に思っていたことでもありました。


自分は社会に出て何をしたいのか、何を大切にするのか


起業やビジネスに実感が沸かなかったのも、まだ自分の基幹がしっかりと組みあがっていないからではないかと感じました。



社長が少し前に、

「青春時代は、ノウハウやビジネスなどを学ぶより教養を身に付けることが大事かもしれない」

とつぶやいておられましたが、それに近いものがある気がします。



これからしばらくはあまり就職だとかそういったことは考えすぎないようにして、人間としての経験値を積む努力をしようと思います。


戦争を経験している方々と比べるのはそもそもの間違いだと分かってはいますが、時代の違いはあるにせよ僕らがただ胡坐をかいているばかりではいけないと思ったのも確かです。


そういった意味で何かを得るという点においても、海外へ出てみるという行動が現在の自分にとって最優先だと改めて確認できました。




最後に、これから二十歳を迎えるという環境でこの本を読む機会を与えてくださった内海さんと、この読書会に感謝して終わりたいと思います。ありがとうございました。


この本を読んで感じたこと、僕は甘ちゃんだなということでした。僕が、二十歳の時どんなことをしてたかと言えば、これといった目標もなく、就職する会社も決まり、ただ何となく学校に通っていました。正直、この読書会に参加している人の中で一番努力していなかったと思います。


何回も似たようなことを書くのですが、私はなぜか、良い成績や評価、山村は頑張っているなどと言われることがよくあります。裏を返せば、期待を込めて褒めてくれているのだと思います。その期待に答えることが大事だと自分に言い聞かせるのですが、やはり夢中になれませんでした。いつも物事を一歩引いたところから自分を見ているような感覚を常に持っていました。なぜなのか。そう問い続けたときに、自分のやりたいことがあるのに、失敗することを恐れて、別の逃げ道を探し出して行動していたのだと、最近は思うようになりました。


僕は、これまでやりたいことを必死に抑えこんで過ごしてきました。兄と弟は高校を中退しており、世間一般では、いわれる落ちこぼれといわれる部類です(僕ははそうは思いませんが)。そんな中、僕はちょこっといい学校に入っていて、そこでいい成績を残して、地元の大企業に就職して。。。という人生と辿っていました。これが自分の運命だと言い聞かせて。本当は、自分で道を開いて行く勇気がなかったのを、兄や弟、そして親の期待のせいにして。確かに、母は兄の教育に失敗したのは自分のせいだと自分を責め、精神がとても不安定になっている時期がありました。ちょうど僕が二十歳くらいの時です。僕には大きな会社に入って安定した普通の人生を送ってほしいといった願いというか、期待がひしひしと伝わってきていました。そんなある日、学校に通わなくなり遊び呆けている弟に対して、母が「私を殺して」と泣きながら弟に訴えたことがありました。それを聞いた私は、ますます母の理想に乗った人生を歩むことが、母に対する親孝行だと自分に言い聞かせました。しかし、僕の中にある違和感はいつまでたっても消えることはありませんでした。


それから3年ほど経った頃、母の精神状態も安定してきていました。精神安定剤といった薬も飲まずに済んでいたと思います。私は、そのタイミングを見計らい、自分には今の会社を辞めて挑戦したいことがあると親に伝えました。人生初の試みでした。とはいっても、親へ相談なしに会社に辞表を出し、東京の会社に就職しますという事後報告でした。もう、何を言っても遅いという状況を作り出したのです。その時の母親の顔は今でも忘れられません。最終的に、私が選んだ道であれば応援すると言ってもらえました。そして、私の東京での暮らしが始まることになります。23歳の話です。


東京では、寮付きの今までとは180度違う仕事ということで働こうと思い、偶然参加した就職フェアに参加していた東京で飲食業を行っている会社を選びました。とにかく東京に行こう。東京に行けば道が開かれる!その一心でした。なんとなく選んだ会社でしたが、そこで出会った人達はとても人間味のある、心のあたたかい人たちばかりでした。しかし、どうしても仕事に夢中になることができませんでした。働いていてもなにかが物足りないのです。まわりの人に恵まれているのに贅沢な話ですよね。そして、上京して1年が経とうとしているある日、「会社を踏み台にする生き方」(吉越浩一郎 著)という本を読みました。その中で、海外で働いてタフな心を作り上げるということについて書かれていました。「失敗を恐れて行動できないでいる僕に足りないのはこれだ!これに挑戦しよう」と思うようになりました。そして、今年の2月に、飲食の仕事を辞め英語の勉強を始めましたが、勉強に身が入りません。自己啓発本などを読んでもこれと行った効果をあげられませんでした。自分で選らんだ道なのに、なにかと言い訳をみつけて、また自分を甘やかしていました。


そんなときに出会ったのが、メディウィルでした。HPを読んだり、インターン生の声を読んでいくと、とても引きつけられたのです。そして、アルバイトとしてメディウィルで働くことになったのですが。。。
そこで待っていたのは、偶然にもアメリカから来たクリスと英語を話すことができる福岡さんでした。僕は英語を練習する絶好の機会だと思っていたのですが、英語を話すどころか簡単な単語すら思い出せませんでした。中学レベルの単語ですら。衝撃でした。確かに学生時代、そこまで英語を勉強していませんでした。テスト前に暗記するだけ、単位を取るための全く意味のないような勉強でしたが、まさかここまでできないとは思いませんでした。


HPの制作・運営という未知なる世界に足を踏み入れ、仕事で成果もあげれないのに英語を勉強するなどできない。仕事を行う以上、やはり仕事を優先しなければならない、そう思いました。ただ、以前働いていた会社で時間や自分の心に余裕が持てたのは入社して3年目の頃でした。その経験を踏まえると、今この会社を続けるということは、英語の勉強を二の次するということです。今やりたいことが、英語を身につけ海外に行くことであるのに、です。メディウィルでは僕にそれを気づかせてくれました。やりたいことをする勇気がない僕は、また言い訳を探して行動していたのです。また、同じ過ちを繰り返そうとしていました。それに気づいたので、私は試用期間終了後、採用を辞退させていただくことにしました。


今回の件に関しましては、城間さんやメディウィルの皆さん、福岡さんやクリスには、本当にご迷惑をお掛けしました。今回の件は、城間さんのせいではなく、僕自身の甘さにあることを、この場をお借りして、改めてお詫び申し上げます。この度は、誠に申し訳ございませんでした。

今、変われなければ、いや、今変わらなければ僕はそれまでの人間です。自分で出した答えである以上、これからはこの自分が選んだ道を突き進んでいきます。これからも、いろいろ悩むと思います。そうした場合に相談に乗っていただけたらとても嬉しいです。また、このような出会いを大切に一日一日を過ごしていきたいと思っています。どうか、よろしくお願いします。


本の感想ではないことを長々とすみませんでした。こんなに書くつもりはなかったのですが、書き出すと止まらなくなっていました。この本を読んでもう一度自分を見つめなおすことができました。この本を紹介して下さった内海さんに感謝しています。本当にありがとうございます。


読書会で皆さんと意見を交わせることを楽しみにしています。
それでは、読書会にて。


この本を読んで最も強く感じたことは、

自分の気持ちに忠実に生きろということ。

正しい生き方、正解、勝ち負け、
他人との比較に頼って生きるのではなく、
自分の価値観に忠実に生きるべきだということを強く感じた。

そう感じた理由は誰一人として同じ生き方をしていないということ。

もし仮に正しい生き方や皆が理想とする生き方があるとすれば、
一人くらいは誰かと似たような生き方をしているに違いない。
あるいはそうでなかったとしても、誰かの生き方を近い生き方をしようとするに違いない。

しかし、本書でとりあげられている方々は、
他人を認めることはあっても、似たような生き方はをしている人は一人もいなかった。
さらに言えば、取り上げられているだけあって、ありふれた生き方をしている人もいなかった。

ではどこがありふれた生き方ではないのか、と考えると、
そこには自分だけの人生軸みたいなものが確立されていて、
それに忠実に行動しているように感じた。

ではその人生軸のようなものはどのように形成されているのか、と考えると、
それは自分の経験や生育環境に依存するものが大きいように感じた。

では経験や生育環境によって生き方は決まってしまうのかというとそうでもなく、
その時に置かれた状況によって大きく異なっている。

だからこそ常に正しい生き方なんて存在しない。
同じ状況に置かれてる人なんていないのだから、比較もできない。
頼れるのは自分自身だけだと感じた。

では自分自身そのような生き方ができているかと考えると、
常に周りを意識し生き方をしているとふと気付く。

常にライバル心を燃やして、
負けないことだけを意識して、
まわりに押しつぶされそうになっている。

確かにもっと自分の中に拠り所があればいいなと思う。
一人で生きていくことはできないけれど、
一人でも生きていけるという自信だけは身につけておきたいと感じた。