お久しぶりです。今晩は。三条透子です。皆様、お待たせして申し訳ありませんでした。
いかがお過ごしでしょうか?
体調、崩されていませんか?
先日、母からこんな思い出話を聞きました。
私の母は、元、救命救急のナースです。母がナース時代に、ある、若いお母さんから、子どもを預かって欲しいと相談され、快諾すると、男の子を預けて来た。
『良い子にしてんのよ。』
あっさりした態度に違和感を感じつつ、坊やの面倒を見始めると、違和感の正体が、直ぐに明らかになった。
食事も、ガツガツ慌てたように、急いで食べきろうとしたり、上目遣いだったり、常に顔色を伺ってくる。
母はその都度に、坊やと目線を合わせて、1つ1つ、ゆっくりと教えたそう。
これは、育児放棄じゃないか。
食事の後、一緒にテレビを見ようと、坊やを膝に乗せた途端、突然、大粒の涙を流して泣きだした。
どうしたの?と聞くと、膝に乗せて貰った事が無いという。
坊やの母親は、常にただ、横に座らせるだけ。膝に乗りたくても、遊んで欲しくても、構ってはくれない。
母親に理由を問いただすと、最悪な答えが返ってきた。
『私、女の子が欲しかったのよ。』
子どもは親を選べない。子どもには、親が全て。
こんな母親の元に、坊やを返して良いものか。
母は、職場の院長に相談し、専門家も交え、検討し、養子縁組が良いのではないか、との結論になり、子どもが好きだけど、子宝には恵まれなかった夫婦に引き取られる事に。
実母はこの結果に、
『んじゃあそうしてください。可愛いくもないんで。』
この言い草に、院長の平手打ちが飛んだ。当たり前だ。
彼は、新しい家族の元で、幸せに暮らして、成長して、可愛いお嫁さんと、家庭を持ったそう。
ただ、やはり、実の親に関しては、何一つ、語ろうとはしないまま。
最も愛されたい存在である母親から、拒絶される恐怖、絶望、悲しみ。
それでも子どもって、母の愛を信じようとするんだなって、そのいたいけな姿を思うと、胸が張り裂けそうでした。
確かに、ふとした事で、誤解が生じて、喧嘩したり、更に、誤解が誤解を呼ぶ場合もあります。
ですが、まずは、向き合う事ではないでしょうか。
精神的に余裕が無かったり、一杯一杯で、うまくいかない事だってあります。
しかし、大切なのは、些細な事であれ、耳を傾ける事なんじゃないか、私はそんな風に思うのです。
そして、悪かったなと感じたら、ちゃんと謝る姿勢、そうする事で、子どもは安心して、色んな事を、打ち明けられるようになるのではないでしょうか。
私は、未婚で、子どももいないので、こんな事、言えた義理ではないのですが…………。
私の考えが、正しいか否かは、読者の皆様のご判断です。
賛否両論あるでしょう。
ただ、私は、母の話を聞いて、自分なりに感じた事を書きました。