お久しぶりの更新になります。
今晩は。三条透子です。読者の皆様、いかがお過ごしでしょうか?
コロナの猛威で、私の住んでる地域でも、保育園、小学校、中学校が次々、学校閉鎖となり、日々、感染の不安と背中合わせだと、感じる毎日です。
さて、本日は、戦争や、核兵器、平和について、私なりに感じている事を、書いてみようと思います。
勿論、戦後に生まれて、真の恐怖は知りません。本当の意味で、地獄を判ってはいません。絶望も。
なのであくまで、私の感じている事、という内容である事を、ご承知おき下さい。
北朝鮮の弾道ミサイルが、日本に向けて発射された報道を見る度、もしも、日本が核保有国であったなら、武力に対し、やはり武力で返すのだろうか?と思うのです。
しかし、武力による破壊がもたらすのは、解決などではありません。
やられたらやり返せ!とばかりに、ミサイルが飛び交えば、犠牲になるのは、民の命ですよね。
現在、内戦や紛争が続く国で、苦しんで、叫んでいるのは、民です。
お互いに、沢山の犠牲を払いながら、それでも戦い続けるのは、愚かだと、私は思います。
戦争がある限り、互いの国が、憎みあい、恨みあい、それが燻る火種を、燃え上がらせるのではないかと。
平和ってなんでしょう?
容易くはありません。
私も、ここで生意気に、こうだ!と言うつもりは、毛頭ありません。
ただ、武力が解決するものなどない。僅かばかりでも、これって違うんじゃないか、と疑問を持つだけでも、それは素晴らしい事。
核保有国にも、きちんとした事情があるでしょうし、一概に言い切れません。
悲劇が繰り返されない為には、武力に頼らない方法が、選択されますように。
No more Spiral.