大学卒業後、アメリカで初めて働いたゲーム会社は日本出資のアメリカ法人で、基本的にはアメリカ採用の人材で成り立っていたが、トップの管理職は日本人で構成されていた。私が採用された頃には、アメリカ現地法人で初の大作ゲームの制作が始まっていた。採用してくれたのはアメリカ人のアートディレクターで、アニメーターという役職で働くことになった。1996年のアメリカでの就職は特殊技術さえ備えていれば比較的難しいものではなかったが、私が希望していた3Dアニメーションというものは、使用のコンピューターが高価なものであるため、経験のない新卒採用は倦厭され勝ちだった。実際に私が当時備えていた技術はインターネットのウェブデザインで、その技術を生かせば3社ほどの就職先候補があったが、ウェブデザインのそれと比較して3Dアニメーションの制作に対する情熱の方がはるかに勝っていた。