肺炎が治るまではその医師がずっと担当だった。
その医師はカルテを色々みて私が東大病院に通院していたことを知って話しかけてきた😀
その医師は東大出身らしかった。
『いつ頃通ってた?』
「199◯年くらいでリウマチ科に行っていた」
『担当誰だった?』
「篠原先生です」
『篠原先生‼️』
「当時アメリカに研修に行くから以降は後任の先生になった」
『そうそうアメリカのなんとかとなんとかに研修に行って日本に戻ってきてから東大にいたけどいまは生まれの栃木でクリニックを開業しているよ。いまも年賀状のやりとりしているよ』と25年前の話をまさか病室でする人がいるとは思わなかった。
リウマチの先生から見たら篠原先生は先輩で指導医の立場。
篠原先生は当時から凄く優しくしっかり分かりやすく説明してくれるしこっちの声も聞いてくれて安心できる医師でした。
ホームページで顔を拝見して当時と変わらない顔で安心しました。
お元気そうで良かったです。
当時の東大病院の外来棟は新築で
田舎から出た来た者には衝撃的でした。
1フロアに診察室数は100近くあってそれが確か3フロアあった。
卒業と同時に通うことはなくなった。