人間と神の境はどこにある?
その分離意識は
神とは全知全能完全完璧な存在やろう
じゃあその完全完璧全知全能ってどういう状態を言うがか考えたことはある?
人間の視点は
苦がないことを、困難がないことを、不幸がない事を
その状態の者を全知全能完全完璧な神として認識している事を自覚しているか?
人間が恐れるものは不幸ながね
それをもたらさんものを神というがよ
この文明を造っただなんだかんだというたところで人間の最終的な判断は不幸か幸福かになるろう
癌にかかっておるのにこの文明をもたらした神は素晴らしい!病気を造った神は素晴らしいって言わんやん
不幸を退けるものを神と捉えるやんね
そういうたら
神とは幸福をもたらし、助け救いたまふ存在であると認識しているだろうが
そりゃあお前さんの無知ぶりの起こした捉え違いじゃ
そして神とは人にバチを与えたまふ存在であるともこの世の情報により知恵が入っているか?
しかしねえ
お前さんの現実は全て生まれる前に由来ある神と一緒に自分でプランを立てて生きておるのよお
しかもね
思考が現実するのがこの世であってね、常にその現実は自分の本心側の思考の力が造っているのよお
さっき
神とは幸せを呼び救い、また罪をよこす存在と捉えているかと聞いただろう
お前さんの現実に望んでない不幸が起こるのは、不幸を恐れたが為にその思考がその通りの現実を引き寄せただけの話よ
また予想外の出来事は人生計画にすでに練り込んでおったことが起こったまでよ
幸せになりたいと強く思うには不幸であるということ前提じゃろう?
じゃけん本心の思うておる不幸が常に創られ継続しておるのよ
満たされたい思いは満たされてない部分があるためにだろう?
やけん仏教や宗教はいうがよ
恐れを退けよ、心を無にせよ
足りんとなげくな人に分け与える奉仕の心をもて
感謝しろと
散々いう
それはね、満たされてない、という思考を満たされているという思い込みに持っていきたかったがよ
満たされてなくても満たされたと思い込む事でその現実を引き寄せる
その時の願いより今の本心側が叶うからさあ
やけん恐れたらいかん。その現実を呼ぶけん
前だけみたらいい
その心はそいう現実を創る
執着もいかん
執着は裏返すと足りないからより求めるになり足りない現実が続発する
緩くかまえよ
断舎利じゃー
水面下で願え
自我を使うな
本心を起こせ
神と人間の違いはね
恐れがあるかないかの違いよ
なぜ恐れがないのかって?
そんなもん自分が自分の現実を作りよるがを潜在意識はわかっていて、いつでもどうにでもできるとしっておるからよ
霊界におる神でさえ恐れをもつ、あれらも人間やってなくても欲があるけんね
やけん人間で分離して記憶喪失までかましたあげく肉体には生理的欲求までついていてより恐れは強いだろうよ
霊力の最大値は皆変わらんが、恐れの度合いで現実をそのまま創る力に差がでる
恐れのあまりないものは10万願えば8万を手にするだろうが
恐れの強いものは1万しか手にせんだろう
素直に欲しいと思うか、お金を得ることは大変な事だと思うているかで金持ちと貧乏の現実の差は開く
大変な苦労をしないと金が手に入らんと思うならその者の人生はそうしないと手に入らん現実を創り味わう
じゃあ恐れをのけたら分離意識がなくなって素直になり何でも願いは叶うのかといえばその通りであるが
甘いわ
それならなぜ世はこうなったか聞きたい
業やカルマや因果の存在は大事ながぞ
それらは過去世からつんだ思い込みという概念が霊体に染み込んどる
ええか
霊体を散々今まで言うてきた
霊体の機能とは過去世から積んだカルマや業の記憶を保持し、今回の人生の性格に反映するものであるわ
つまり霊体とは家系の先祖の性格の癖に自分の性格の癖が記録されていて、自分達の生きる中で物事を解釈する時に現れる機能をしとる
その癖というのが思い込みという分離意識をもたし、神と人や人間の優劣、最後には人を差別する心にまで発展する基礎データであるわ
お前たちの今の考え方というのは過去世からの因果よ
そのデータがあるお陰で簡単に恐怖を退けよというても無駄な話であるわ
今回の人生で不幸とは重要な意味をもつ
不幸に合う内面を持っておるのだから反省をすべきであるのだ
自分の考え方の癖が現象を作りよんどるのよ
自演自作の嘆き舞台であるわ
辛い痛い苦しいから学び人にはこのような事をしないでおこうとか、己の内面を省みる事で癖を解消する
やけん体験という衝撃はデータを上書きするがに大事ながよ
それが浄化である
ただ最近は、体験せずとも観音に霊体のデータを少しばかり消してもらい性格の癖を退けましょうというのがある
神社の禊もそれの一つよ
成長はないが執着はとれるため考え方が楽にはなる
やけど自分の積んだ罪で自分が苦しんでおるのに帳消しにされたぐらいで助かったと思うなよ
乗り越えてないぶんお前はまた同じ事で罪を作り繰り返す
やけん思い込みがとれて楽になったときに徳を積む行いを日常心がけるがよ
修行よ修行
体験の上書きになることをするがよ
同じ行動で同じ罪を造る前に違う行動を自分にとらすがね
それで防ぐが
あの世とは自分の精神におうた次元にしかいけれんコトワリがある
よって死んだ本人は自分におうた楽な次元の場所へいくために変化がない
変化がないとは不幸もなければ幸せもなく刺激がない
やけん様々にこの世に生まれて不幸を味わい癖を反省しておるのよ
この世は幸せになることができん造りになっとるのがおわかりか?
よってここには幸せはない
つまり、物質界での幸せは限りがある為にまず無理だが、精神世界はいつでも幸せになれる
不幸と呼ぶことがきてもそれを不幸ととるかとらんかは意志の自由であり、戦争している国があろうとも人は自分の人生に不満がなければ幸せを感じれるものなのだ
やけん心はいつでも現実に何があろうとも天国に帰れるのだよ
神とは一体本当は誰なのかよくよく考えてみんかよ?
一つ言うておくが、根源神である大元以外の全ての神は、私を含めて穢れているよ
それは大元の願いという意志の欲にて生まれたのが神というやつだからねえ
この世みたいな下劣な欲とはまったく質が違うが、神とは人間とトンと離れるほどおきれいなモノとは思うなよ
それはたまたま自分がワザと黒く染まった思い込みというフリをしておるが為に、欲があっても思い込みのない神が光って見えるがぞ
11の神を11次元で扱えって、さらに今より恐怖を退けるばあ根性つける体験をせれってことや…
また揉まれないかんがかえーたいちゃあやったにいーー
というかまだ幸せの体験してないけんやらないかんね
あと社会がどんなもんかわからんけん見にいかなあいかんね
あ、次元上げるには生きる中での恐怖退けたらバンバン上がるで
神霊出てきたがも神ごときクソくらえやって、そんなことよりこの世どーするがっていうてガンガン向こうていっちゃったら
ニヤリと笑いながら大神出てきたけんね、『おそれを知らん』と言いながら
このまんまいったら人が死ぬがわかっておりながら普通引かんろう
今の政治家じゃないがやけん
やけん神様と話したかったらよお
自分がどーのとかより、この世どーするが、人がこのまんまやったら死ぬでって殺されてもかまんぐらいな勢いで向こうていったら反応して出てくるで
まぁそんなこというた本人がキッカケになって一番人殺したけど
段々三年前に戻りよるね勢いが
冷淡というか、がいな方の自分また使わないかんなるがや
そういやぁ仏がなんか言いよったね
せっかく三年間でなえらして来たのにねえー
勇気と根性大事で
これってガンガンいくようなイメージやけんど、本当の使い方はバリバリいく出方をするもんやないがね
深々とゴチゴチ努力して正確な道をちゃんと辿ってブレずに目的に行くことをさせるもんながよ。
前向きにいって間違っておる奴にはとことん正義で向き合い言い合うって、ただの馬鹿じゃんか
正義の使い方は均衡を保つことにあって、悪を裁く事ではないがね
間違いを指摘するがは必要やけど本人を否定するがは違うけんね
なんか正義も過激すぎて本人を否定したような言い方するけん向こうも噛みついてきて話を聞き入れん流れがあるがやいかねえ
話し合いって静かにするもんよ。