「いらっしゃい、最上さん。」
「お邪魔します、敦賀さん。」
2月10日、午前10時。
俺の誕生日であるその日の午前に、愛しい少女は俺の住むマンションの玄関に現れた。
「えっと…。お誕生日、おめでとうございます。」
「ありがとう。さぁ、どうぞ。入って?」
「お、お邪魔します。」
どこか固い表情をした少女に、内心溜息を吐きながら、俺は彼女を迎え入れる。
手には何やら大きな風呂敷包み。
……プレゼント……ではないの…かな?
大事そうに持ってはいるが、風呂敷はとてもプレゼント用には思えない。
「それ、運ぶのが大変そうだね。俺が運ぼうか?」
「!!??え??いっ、いえいえ!!いえいえいえいえ!!そういうわけにはまいりません!!」
持っている雰囲気からして重くはなさそうだが、いかんせん幅が大きい。彼女では持ちにくそうだと、申し出てみればものすごい速さで首を横に振り、拒否をされた。
…………まぁ、いいんだけれど…。本当、どうして彼女とは甘い雰囲気になることができないのかな…………
昨日もそうだった。
TBMでの仕事を終え、事務所に到着すると、確かに最上さんはラブミー部室にいた。
だが、いつもなら明るい笑顔で出迎えてくれるのに、昨日は違ったのだ。
…3月10日は、俺と彼女の関係が変化する日。それを前にしたら、素直な最上さんは俺の前で普段通りにできないことなど、分かっていた。
前日の最上さんはどんな反応をしてくれるのだろうと、妄想をして一人で笑っていたこともあったから、少々固いくらいは想定していた。
だが、実際逢った彼女は、俺の姿をその目にとらえると、ピシリと石化した。
「メデューサかっ!!」というご丁寧な突っ込みが俺の後ろ…つまり、マネージャーたる社さんの口から飛び出したのだが…彼女のこの反応は想定していなかった。
さすがは『最上キョーコ』。予想の斜め上をいく。
慌てふためく可愛い素振りなんてものを想像していた自分が馬鹿らしくなって、遠い目になってしまったのは仕方がないだろう。
だが、彼女は早々に石化の呪い(?)を自分自身で解いて、俺と社さんに椅子をすすめてくれた。
そこからは、いつも通りの中にちょっとよそよそしさが含まれたような空気が流れる、それほど居心地の悪くはない時間が続いた。
そして、時間ギリギリとなる直前に、明日の約束の再確認と、行く場所の希望を聞いたところ。
「……あの。どこかに出かけるのではなく……。敦賀さん、の、お家では……ダメ、ですか?」
「…………………………。いいよ。」
少々言いにくそうにしつつも、上目遣いでの提案。
その提案によって、俺が何を想像したかは……。察してほしい。
男だから仕方ない。
めくるめく妄想の後の了承の言葉に、安心したような、一仕事終えたような笑顔を浮かべる最上さん。
……いやいや、安心したらいけないと思う。君のことを愛している男の家だよ?まんまと来た獲物を逃すと思う?むしろこれはちゃんと美味しくいただいて。そのあとは巣の中に閉じ込めて二度と外には出さないで正解だろう?……
そんな悶々とした俺の心を正確に読み解いた社さんは、次の仕事に向かうために移動を開始した俺に向かってわざとらしい咳払いをした後、声をかけてきた。
「蓮君。」
「はい。」
「忘れないように言っておくぞ。キョーコちゃんは天然記念物的乙女だからな。清らガールなんだ。誰にも汚されていない、純真無垢なる真っ白な存在なわけだ。」
「…………はい。」
「身も心も手に入れたいのなら、ちゃんと大人しくしていろよ?」
「……………………。」
「お前。心が壊れたキョーコちゃんでもいいのか?」
いいわけがない。
いつでも前を向いていて、喜怒哀楽の分かりすぎるイキイキとした表情をしていて…俺を見たら笑顔になってくれる。
そういう『最上キョーコ』を愛しているのだ。
「………いや、ですよ……。」
「そうだろう?なら、無茶はさせないことだ。ちゃんと順序を踏め。」
「……………………。」
でも、壊してしまいたくなる時がある。『愛』や『恋』というにはひどく暗く、粘着質な『ソレ』は、『欲』や『執着』と呼ばれるものなのだろう。
守り、慈しみたいと思っているのに、汚し、奪いたいと思う感情までもが、同じあの娘に向けられているのだから…質が悪い。
「蓮君?お返事は?」
「はい。分かっています。」
こうして俺のめくるめく妄想は終了し、彼女を安心安全に我が家にお招きすることとなったのだが。
招き入れることすらも予想を超えたというのに、その後にこんな展開が待っているとは……。
………うん。やはり遥か斜め上をいくね。最上さん。これでは俺、いくらも欲望を吐き出す気にならないし、むしろなんか……悟ってしまいそうだよ?………