―――俺が君を恐れる理由。君に会ったら話をしたくて、こうして触れたくなる理由。……その理由を、考えて。―――
伝えたのは、昨年の彼女の誕生日前日。
当日に伝えることができない言葉を精一杯の想いをのせて贈るため、この日のためにと準備したプレゼントを持って、まだいると聞いていたラブミー部室へ乗り込んで行った。
本当は、彼女が生まれた日を共に祝いたかった。祝い、彼女をこの世に遣わせてくれた神に感謝をしたかった。
「おめでとう」と言葉を贈るだけで、幸せそうに微笑む少女を知っている。
生まれた時から、実の親に『その日』を祝われることはなく。彼女を育てていた人々も、仕事を理由に祝われない。
幼い少女であれば、怒りを感じてもいいのに、前日のクリスマスイブと一緒に祝われることを『幸せだ』『嬉しい』と語った、6歳の女の子。
そんな少女を知っているからこそ、仕方がないとはいえ融通の利かない仕事と己の曲がらない性格に腹が立った。
愛しい、唯一だと定めた運命の女の、一生に一度訪れる18歳の誕生日を、どうして祝ってやれないのかと。
しかし、きっと、今後も同じような状況になれば、やはり仕事を取ってしまうのだろう己の、『役者』だとか『プロ意識』だとか名付けてお綺麗に飾っている精神は、どうすることもできず。
罪悪感さえも抱きながら、踏み込んだラブミー部室で。
俺からの祝いの言葉とプレゼントを受け取った彼女は、心の底から嬉しそうに微笑んだのだ。
俺から祝われたことを素直に喜び。
そして、俺が自分の誕生日よりも仕事を優先することがさも当然といった言葉を告げられた。
その時に感じたのは。
彼女が心から喜んでくれていることへの安堵ではなく。
彼女のその慎ましやかな心への賞賛でもなかった。
俺の行為を、「事務所の後輩を祝う先輩」だと、そう決めつけて。
祝われるだけで十分だと、本気で言うことに対する、理不尽だろう怒りだったのだ。
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「……ふぅ~~~……。」
「お疲れ、蓮。もうひと踏ん張りだな。」
「……えぇ。ありがとうございます。」
撮影の休憩に入った途端に思い起こすのはもう1月半ほど前の記憶。
あの日、得た『絶望』は、最終的には『幸福』へとすり替わり、現在もなお心が浮き立っている。
「……ぐふふふっ、ぐふふふふふふ……。」
「……社さん。突然奇妙な笑い声をあげるのを、やめてくださいませんかね……。」
「いやいや、これを笑わずにいられるか。」
ミネラルウォーターを差し出してきた敏腕マネージャーは、それを受け取って礼を口にした俺をしばらく見つめた後、突然真顔のまま低音の笑い声だけを響かせはじめた。
少し離れたところにはスタッフや他の役者がいるために、表情だけは引き締めているのだろうが、その笑い声とのギャップが怖い。
「楽しみだなぁ、明日。」
「…………えぇ。まぁ。」
「フリー最後の日になるな、今日は。」
「!!!??グホッ!!!!!」
「こらこら、蓮君。ダメだぞ~~~?まだ『敦賀蓮』なんだからな~~~~?敦賀蓮はそんな風に水を噴出さないし、動揺なんかしない、人間らしくない人間なんだぞ~~~~~??」
「……そのイメージ、もはや俺にはないですよね?」
「まぁ、ないな。」
『羊枕』以降、俺の世間でのイメージは『ダークムーン』でのダークな演技以上に変わりつつある。
それがいい意味での変化だったこともあり、俺は今も堂々と愛しの羊とともに現場入りをしている。
とっつきやすくなった、と評されることもあるし、羊枕が誰かのプレゼントだったのかを知った貴島に至っては、
『……うん!!敦賀君って、意外と分かりやすいね!!そういう視点で見てみたらものすごくわかりやすかった!!』
と評した上で、『邪魔は致しません、一生ね!!』とわざわざ誓いまで立ててくれた。
しかも、彼は最近増殖気味の『京子』に対する馬の骨退治までも時々請け負ってくれている。
すっかり頼りになる友人になってしまっていた。