「殺されるなんて、バカな……。」
「いや。殺されてもいいと思っている。」
キョーコが隣にいて、微笑んでもくれない未来に、価値なんてないのだから。
だから、隣で笑ってくれないのなら、殺して欲しい。
「殺させないよ。」
「え?」
「僕が、絶対に。君を、殺させない。」
それなのに。
今日、初めて会った鶏は、どこの誰だかも分からない、愚かしい行為を繰り返した後ろ暗い『良家』の男の話を聞いてくれた。
そして、誰に狙われているのかもわからない男を、『殺させない』とまで言ってみせた。
「……ありがとう……。」
鶏の中にどんな人間がいるのか分からない。
だが、声から判断しても、クオンよりも幼い少年であることは確かだろう。
そして、彼には何の力もないはず。
大道芸人などをやっている人間に、王太子たるクオンを守る術があるはずがない。
分かっているのに、素直なお礼の言葉が口をついた。
そして、その言葉を口にした瞬間に、全身にじわりと暖かな感情が広がっていく。
―――それは、間違いない。『喜び』の感情で……―――
「……ありがとう。」
もう一度口にしたら、声が震えていることが分かった。
じわりと視界が滲んでいく。
王太子ではない、ただの『人間』であるクオンを、まっすぐに見つめ、心配をし、そして助けると言ってくれる存在が、いる。
そんなことが、これほどまでに嬉しいことだったとは知らなかった。
……いや。
『レン~~~~っ!!これ!!一緒に食べよ!?』
知っていた。
それは、可愛らしい女の子が、『レン』という名の少年に与えてくれたものだった。
―――思い出した……。―――
「話…聞いてもらったら、少し気が晴れた……」
素性を知らない人間に、心の内を明かして。
そして、気持ちが浮上したのは、これで2度目。
「……ありがとう……。」
ニ度と会わないかもしれない。
そもそも、どんな顔をしているのかも分からない相手だ。
でも……。
「いやいや、どうってことないよ。気持ちが晴れたなら何より。僕は絶対に君の味方だからね。覚えておいてよ?」
「あぁ。疑うつもりはないし、忘れるつもりもないよ。」
一生、忘れることはないだろう。
これからどんな運命がおとずれたとしても、この不思議な友人のことは忘れない。
「それじゃあ、俺は行くよ。」
そろそろ、仮眠を取らせていたヤシロも目覚めてくるはず。
最近、疲労困憊具合がひどい側近を、無理やり休ませたのだが、それも長時間休ませてあげることはできない。
何せ、宰相たるコウキがまるで二人のことを休めるつもりがないというように仕事を与えてくるのだ。
「そうか。元気でね。」
「…………。」
別れがたい、と感じた。
そう思っているのはクオンだけなのか、ニワトリは右翼をバサリと上げて、あっさりと別れのあいさつをしてきた。
「?どうしたの?」
「いや……。君も、元気で。」
「うん。また会おうね。」
そして、そんなそっけないニワトリに、心のどこかで落ち込んでいたクオンの耳に。
これまたあっさりと。再会の約束の言葉が聞こえた。
クオンは目を丸くした後に、破顔した。
「うん。必ず、会おう。……それじゃあ。」
再会の約束が、簡単にかなえられるものではないということは十分にわかっている。
今回のキョーコとの逢瀬も同じこと。
次に会った時には、二度と離さないと決めた少女は、クオンの伸ばした手から逃れて行ってしまう。それが辛くて仕方がないというのに、このニワトリは。
「また会おうね」と、簡単に言ってくれるのだ。
それが、思いのほか嬉しくて。
クオンは、ニワトリのそばから数十歩進んだところで振り向いた。
そこには。
変わらず、クオンの方向を向いて手を振る、真っ白なニワトリの姿があった。