「……ごめん。」
「え?」
しっかりしなきゃ、と表情筋を意志の力で引き締めていると、突然の謝罪の言葉。
「本当は、明日渡すつもりだったんだ。でも、どうしても外せない仕事が急に入ってしまって…。」
「そうだったんですね。」
悔やむように眉間に皺を寄らせ、俯き加減に語る敦賀さん。
でも、どうして誕生日を祝ってくれているのに、謝罪が必要なのかが分からない。
「本当にごめん。」
「あの……。」
「ん?何?」
敦賀さんとは最近、お会いすることがあまりなかった。あったとしても、ラブミー部関係で食事作りにお邪魔するくらいだ。それも1月前に請け負っただけだった。
その時には、謝っていただきたいこと…というより、反省をしていただきたいことが山のようにあったけれど、その時だって謝罪の言葉は口にしていた。
あの日も、私の小言を粛々と受け止め、「美味しかった」と神々スマイルで伝えてくださり、怨キョを何体か死滅させられて1日を終えたのだ。
特に今日、お会いして謝っていただくようなことは何一つない。
「どうして、敦賀さんは謝っていらっしゃるんでしょうか?」
謝罪されるということは、何か私に謝らなければならないことをしたということ。
でも、何かされた覚えは全くない私は、その謝罪を受け止められない。
だからこそ、聞いてみたのだけれど…。
敦賀さんは、大きく目を見開いて、驚きの表情を浮かべた。
「……今日は最上さんの誕生日じゃないよね?」
「え?えぇ、そうですね。明日です。今日はマリアちゃんのお誕生日ですね。」
そういえば、この目の前にいる人気俳優は、マリアちゃんにちゃんと誕生日プレゼントを渡したのだろうか?
「敦賀さんは、マリアちゃんにプレゼント、渡したんですか?」
「え?…あぁ、アメリカに行く前に本人に直接ね。」
「そうですか、よかった。」
その答えに思わず笑顔を浮かべてしまう。
マリアちゃんはまだ幼いけれど、敦賀さんのことが大好きなのだ。
……ううん。あれはちゃんと『愛している』わね。
状況的には、マリアちゃんと私は恋のライバル同士ということになるのだけれど、やっぱり愛しい人からプレゼントをもらえるのはとても嬉しい。
……まぁ、敦賀さんのことだから、私の誕生日は忘れても、マリアちゃんの誕生日は忘れないわよね。所詮は私、敦賀さんの後輩の1人にすぎないわけだし。
ちょっと寂しい気持ちになってしまうと、「ごめん。」と慌てた様子で敦賀さんの謝罪が降ってくる。
「え?敦賀さんが謝罪されることは何もありませんよね?」
「いや、謝ることだよ。君の誕生日を当日に祝えないだなんて。」
「……え?」
「せめて電話をしたいけれど…仕事にトラブルが発生していて、電話できるかは分からない。メールは必ず送るから。」
「あ、あの……。」
「この埋め合わせは必ずするから。本当にごめんね?」
「あの、敦賀さん!」
「……え?何?」
頭を下げ続ける先輩俳優の『謝罪の理由』を知ると、今まで以上に敦賀さんの謝罪を止める必要性を感じた。
「先ほどから謝っている理由は、私への誕生日のことなんですか?」
「え?あぁ、そうだよ。俺は昨年の当日、君からお祝いの言葉をもらったのに。」
確かに言った。ダークムーンの撮影中だったし。
でも、誕生日を間違っていたから、プレゼントを渡せなくって、ひたすら謝った覚えがある。
…もしかして、この律儀な先輩は、あの時、私がひたすら謝罪したから自分もそうしなきゃならないと思ったのかしら。
「あのですね、敦賀さん。」
「ん?」
「私はとても嬉しいんです。だから謝らないでください。」
それにプレゼントをもらったのに、反射的なお礼の言葉だったり、ゆるゆるな顔にならないようにと思って表情筋を固定していたから、喜んでいないように見えたのかもしれない。
「たかが一後輩である私のために、プレゼントを準備してくださるなんて……。」
「………え?」
「敦賀さんには後輩なんて、数えられないくらいいるんですから。その中のぺーぺータレントの誕生日なんて、本来覚える必要もないんですよ?…まぁ、私の誕生日は覚えやすいといえば覚えやすいですけれど。」
「………後輩……。」
「尊敬する先輩の誕生日を忘れることや間違っていたことは謝罪するのは当然のことです。でも、逆は別にしていただかなくても大丈夫なんですよ?」
本当に、十分に大切にしていただいていることが分かっている。
厳しい先輩だけれど、努力は認めてくださるし、指導だって自分の時間を割いてしてくれる人だ。
「お祝いの言葉とプレゼント、確かにいただきました。本当に嬉しいです。」
今だって、30分しか自由時間がないのに、わざわざその時間を私にあててくれた。
単なる後輩に向ける対応としては過分な対応だ。
それに加えて、たかが当日に祝えないことを謝ってもらうなんて、恐れ多すぎる。
だって、彼は日本で一番忙しい俳優、『鶴賀蓮』なのだから。