「何でもなくはないだろう。」
「……そもそも。君には関係のないことだ。」
「関係ない人間のほうが話しやすいこともあるだろう?」
そう言われると、先ほどから自分らしくない対応ばかりしていることに気付く。
やけに話しやすい、というのもあるが、なぜかこの鶏の前では普段の『王太子』の仮面を被る気さえ起こらなかった。
そんな自分自身に驚きながら、クオンは自身の顎を人差し指と親指で挟み、隣に座るずんぐりむっくりの鶏を見つめた。
「僕は大道芸人。人に笑いを届けることが仕事だ。」
「?あぁ、そうなんだろうね。」
そうすると、目の前の鶏は、再びバサリ、と右翼を自身の胸元に置いて、でっぱったお腹を強調させながら主張を開始する。
「ならば僕は君を笑わせなければ帰ることができない。」
「…えぇ~~~……。別にそんなことをしてもらう必要はないよ。」
何やら妙な使命を帯びている鶏は、もしかしたら大道芸人の鑑なのかもしれない。
だが、それをクオンに押し付けられてはかなわない。
……しかし、その押し付けさえもが心地よいとはどうしたことなのか……
「まぁまぁ、そう言わずに。絶対誰にも言わないからさ!!」
「……え~~~~~~……。」
「小さな親切をさせておくれよ!!」
「……あ~~~~~~~。」
「なんか役に立たせてよ!!」
「う~~~~~……。」
なぜか必死な鶏が、クオンの両肩に手を乗せて、ゆさゆさと揺すってきながら『役に立たせて』と言ってくる。
それに対して言いしぶるような素振りをしながら……鶏の揺さぶりを心地よく受け止める。
『レン、レン、しっかりして!!』
あの夏の日。クオンの正体を知らない、幼い女の子は、夏の暑さに情けなくも負けてしまい、ぐったりと身体を大きな岩に預けたクオンの額に、川で冷やした布を当ててくれたのだ。
『大丈夫?』
泣きながら、必死になってクオンを案じてくれるその表情と言動に、心の底から歓喜していた。
それと同じ感情を、なぜか目の前の鶏に感じている自分がいる。
「分かった、話すよ。…でも、絶対に誰にも言うなよ?」
「むっ。僕が人の不幸を言いふらす男に見えるのかい?」
男ではなく鶏にしか見えないのだが……確かに、目の前の鶏は、他人の不幸が蜜の味に感じるような性質の人(鳥)物とは思えなかった。
「………。実は……。」
「うんうん。」
「とても、好きな女の子がいるんだけれど………。」
結構な勇気を振り絞って、呟いた。
その途端、クオンの肩に両手(翼)を乗せていた鶏の手が、すっとクオンの肩から離れる。
「?どうか、した?」
「……あぁ、いや。何でもないよ。……君みたいな色男に好かれるなんて、彼女は幸せものだねぇ。」
何やらしみじみとした口調で語られることに、クオンは苦笑を浮かべてしまう。
「そんなことはない。逃げられたんだからね。」
「逃げられた?」
「いや、正確には…。逃がされた、のかもしれない。」
「そう、なの?」
「あぁ。」
タカラダ家当主の息子である、コウキ。
彼は、確かにクオンを冷ややかに睨んできたのだ。
そこには、主を危険に陥れる人物に対する確かな敵意が見て取れた。
つまりは、クオンが捉えようとする無垢なる乙女を、彼は魔の手から逃したのだ。
まるで魔王から姫君を救い出す勇者のように。
「実は俺、結構な身分の人間でね。」
「うん。」
「……驚かないのか?」
「へっ!?いやぁ、君、良家感が滲み出ているからね!!高貴なるオーラがあるからさ!!全然驚かないよ!!」
バサッ、バサッ、と翼を揺らしながら言うニワトリを「ふぅ~~ん…」と適当な返事をしながら見つめる。
「身分の高い人間っていうのは、恨みも買いやすいからさ。」
「そうなの?」
「あぁ。それに俺自身も……結構ね、酷いことをしてきた自覚はある。」
無論、ひどい事をされた覚えだってある。
だが結局は、クオンはその醜い争いに勝利して。
負けていった人々を土台として踏みつけ、のし上がってきたのだ。
その踏み台にされた人々の負の感情たるや、どれほどのものだっただろう。
「そんな男が……綺麗な乙女を、得ようとすること自体が罪深いよな……。」
満面の笑みを浮かべる愛しい女の子。
タカラダの保護の下、統べる領地で平穏に暮らしていた、真っ白な少女を、クオンは得ようとしたのだ。
穢れた王太子が、無垢なる者を得ようだなどと。
それは重い罪だ。
「……罪深いわけがないよ。」
「え?」
「好きだと思う気持ちが、罪深いわけがない。」
自嘲の笑みが口元に浮かぶ自覚があった。情けないことに、地面を見つめたまま顔を上げることができない。
その耳に、着ぐるみ越しのくぐもった少年の声が、やけにはっきりと届いた。