「後で追いかけますよ。今はここから出してあげた方が良い。」
「そうだろうな。でも、あの勢いだとすぐ帰ってきそうだが?」
「クスッ。どうでしょうね?あの子、一つのことに没頭し始めたら、他が全然見えなくなるから。きっとこれから、今回の役について真正面から向き合うと思いますよ。」
いつもそうだった。
キョーコは与えられた役にとても真摯に向き合う。
役を理解しようとする。
自分の持ちうる感覚と感情、全てを使って。
その時、隣に誰がいようと、誰から頼まれごとをしていようと、お構いなしになって、役に集中するのだ。
「自販機前で石像のように固まっている可能性が高いでしょうね。」
「……あ~~~。何でか分からんが、俺にも想像がつくわ。キュララのCMの時もな、ロケで借りた学校ン中で、一人で学生ライフ楽しんでいやがった。その様子が奇妙で奇妙で……。」
「クスクス……。可愛かったでしょうね。あの子、学校に行きたがっていたから。」
「……俺は奇妙だっつったんだぞ、敦賀君よ。」
「君、マジで骨抜きなんだな。」と呆れたように言われて、蓮は笑いを納める。
「もちろんです。むろん、この感情が正しいのか、間違っているのかは分かりませんが……。」
蓮はそっと胸に手を当て、瞳を閉じる。
「俺は……多分、誰よりも『俺』自身が怖いんです。」
―――愛してくれとは望まない。受け入れて欲しいとも思わない。―――
キョーコに告白をした時。蓮はそう伝えた。その気持ちに偽りはない。
だが、この言葉で伝えたものは、決して表面上のものだけではない。
―――君のことが、好きなんだ…―――
この言葉を聞いた瞬間。キョーコは恐れた。嫌悪するのではなく、彼女は『恐怖』したのだ。
その時、知った。
愛を全力で拒否するキョーコは、『愛されている』ということに慣れていないのだ。
そして、自分が愛した瞬間に、向けられていると思っていた好意を失う時を恐れている。
母親に見捨てられ、大好きだった初恋の男に裏切られた、やたら我慢強くて一途で何に対しても一生懸命な…泣き虫な、女の子。
キョーコは10年前から何一つ変わらずに、愛した相手に手を振り払われる瞬間を怖がっている。
だから、彼女がどれだけ愛されていたのかを伝えた。『愛』は恐ろしいものではなく、また、キョーコに縁遠いものでもない。ただ、気付いていなかっただけだということを知ってほしかった。そのために、尚に頭を下げたし、多くの人の力を借りた。
そうして自身が愛される存在だと知ったキョーコはきっと、この『芸能界』という場所で、これまで以上の輝きを放つだろう。そしていつか、キョーコを想う男が今よりもっとたくさん、彼女に群がることになる。
キョーコは未だ磨きあげられていない原石だ。これから社長や、その他のたくさんの人々の手によって研磨され、何より美しく輝く宝石となる。
―――君のことが、好きなんだ…―――
「…………。」
純粋な心で口にしたあの告白。でも、その純粋な告白には、卑劣な想いが巣食っていた。
きっと、これからたくさんの男がキョーコに愛を語り、少女が心揺れる瞬間は増えてくる。
それでも、キョーコは誰の想いも受け取らないだろう。
蓮が、キョーコを愛している限り。
―――愛してくれとは望まない。受け入れて欲しいとも思わない。―――
蓮の告白に縛られ、好きな男ができたとしても、きっと蓮がキョーコを諦めない限り、誰の愛も受け取らない。
蓮を愛さないとしても、受け入れないとしても。
蓮を一人にして、自分だけ幸せになろうとはしない。愛を返してはくれなくても、キョーコは一生、誰のものにもならない。
……そして、それだけで。『俺』は、満足してしまうのだ……