「……おい、蓮。」
「……何ですか?社さん。」
宝田邸を辞した後。ゲストハウスへと続く道を歩む蓮と社の間には、沈黙が落ちていた。
それを先に破ったのは社のほうだった。
「こういう話をするんなら、事前に説明をしておいてくれよ!!」
「すみません、社さんにお話したら、反対されると思いましたから…。」
「当たり前だろう!?お前って奴は…バカなのか!?」
「ははっ…そう、ですね。バカなのかもしれません。」
「でも…」と呟き、蓮は軽く目を閉じる。
「俺は、本気で守りたいんです。…彼女を。」
そのために背負う現実が、どれほど蓮にとって不利なものになろうとも。それでも、守りたい。
―――愛してくれとは望まない。受け入れてほしいとも思わない。―――
キョーコに伝えた言葉は、全て本心だった。
醜い独占欲と、激しい執着心…『彼女』だけを望み、『彼女』のいる世界だけを望んだ『彼』に、愛を乞う資格などない…。
例え神がそれを許したとしても、蓮は許せなかった。
キョーコの幸せを願えない存在なんて、許せるわけがない。例えそれが自分自身であったとしても。
「あぁ~~!!もうっ!!ストレスが溜まる~~~!!」
「……色々申し訳ございません……。」
「もう俺はどうなったって知らないからな~~!!」
「……はい……。すみません……。」
整えられた薄茶色の髪をガシガシと掻きむしり、乱れさせながら社が吠えるのを見て、蓮は心底申し訳なさそうに謝る。
本来、社の仕事は『敦賀蓮』のマネージメントまでだ。なのに、その業務外の部分で多大な迷惑をかけている。これ以上の負担を彼に強いるのは蓮としても避けたいところだった。
「このバカ。」
「痛ッ!」
しかし、その蓮の思考は後頭部への打撃によって打ち砕かれた。社が持つ鞄で「バシッ」と小気味良い音とともに与えられた衝撃は、それほど痛いものではなかったが、思わず声が出てしまう。
「お前、ここは『そんな~~。見捨てないでくださいよ、社さん~~~。』と、情けなくも縋りつくところだろうが。」
「え……?」
「泣いてもいいぞ。ぐふふ…『敦賀蓮』の泣き顔とか、面白そうだもんな……。ぜひ間近で見てみたい……。」
殴られた後頭部をさすっている蓮の横で、彼のマネージャー殿は「ぐふふふふ…」と実に厭らしい笑い声を立てている。
「何にしても。俺はお前の味方だってことだ。仕事上のパートナーっていう意味ももちろんあるが、お兄さんはお前との関係をそれだけだと割り切っていないんだ。」
「社さん……。」
「蓮君は本当に手がかかる弟だからな。仕方がないから付き合ってやるし、お前の幸せを守るために走り回らせてもらいますよ。」
うんうん、と肯いた後、社はニヤリと蓮に向けて不敵な笑みを浮かべてみせる。
「……。ありがとう、ございます。」
「うん。素直でよろしい。それじゃあ早速、明日の段取りを打ち合わせしようか?」
「はい。」
明るい声で、社が明日の予定を口にし始める。その言葉を聞きながら、蓮は夜空を見上げた。
東京の夜では、晴れていても星空はほとんど見えない。けれど空に浮かぶ月はとても綺麗で…。
「…………。」
蓮はそれを見上げながら、にっこりと微笑んだ。