どのくらい眠っていたのだろうか、トキは寝心地の良いベッドの上で目を覚ました。
足の痛みはほとんど感じなくなっている。リザが塗ってくれた薬のおかげだろう。
ふと隣のベッドを除くと、クラウドが気持ちよさそうに眠っている。
この空間にいると、今が朝なのか夜なのか、全く見当がつかない。
まるで時間が止まっているような感覚だ。
一時、空(くう)を眺めながらぼんやりしていたトキだったが、キラの様子が気になりベッドを降りた。
まだ、微かに痛む足をひきずりながら部屋を出ようとする。
「ん…トキ・・・…」
足音に気付き、クラウドが目を覚ます。
「あ・・・」
ふいに昨夜のことを思い出し、トキは罰が悪いと言わんばかりの表情を浮かべた。
「よっ。足の調子はどうだ?」
それを悟ってかクラウドはいつも通り明るく振舞っている。
「大丈夫です…あの」
「ん?」
「…ありがとうございます」
そう小さな声で呟き部屋を出て行った。
それが、心配していることに対してなのか、昨夜の出来事に対してなのかは定かではなかったが、
どちらにしても、クラウドにとっては大きな進歩だった。
「ありがとう…か。そんな言葉初めて言われた」
扉が閉まり、一人になった部屋の中クラウドは苦笑した。
コンコンッ
「どうぞ」
部屋の扉を開けると同時に、トキは薔薇の香りに包まれる。
「失礼します」
「足の調子はどうかしら、もうだいぶ痛みはひいてると思うのだけれど」
「はい、ほとんど痛みはないです」
「そう、それはよかった」
「あの、キラは」
「眠ってるわ」
そう言ってリザが指差した先には小さく丸まって眠っているキラの姿がある。
「リザさん。あの僕明日にはここを出ようと思うんです」
その言葉を聴き、リザの表情に少し冷淡が帯びる。
「随分急ぐのね。私は別に何日いてくれてもかまわないのよ。
それとも、目的を果たせないなら、もうこんな場所に用はないってことなのかしら」
心の中を見透かされたような気がした。確かにリザの言う通りだ。
トキがここに留まる理由は何もなくなった。
しかし、彼女にそう言われるまでトキ自身そのことに気付いてはいなかった。
「それは…」
「冗談よ。ただ、もう永い間ここで暮らして一人でいる事に慣れたつもりでいたけど
こうやって君たちが来て話しをしたりしていると、いざ独りになることを考えた時
ほんの少しだけ寂しいと思ってしまうの」
そう言った彼女の横顔にはその思いが痛いほどにあふれていた。
それもそのはずだ。誰もいない、何もないこの空間で果てしない年月を一人過ごす。
自分なら、そんなこときっと耐えられない。トキは目を伏せた。
「あの、僕どうしてもやらなければならないことがあって。でも、それが終わったら、
絶対にまたリザさんに会いに来ます」
その言葉にリザは一瞬驚いた顔をし、「ありがとう」と優しい笑顔で言った。
トキとリザの話し声に気付き、キラが目を覚まし、
それと同時に、クラウドもこちらの部屋にやってきたので、
トキは、明日出発するということを二人に説明した。
二人ともあっさりとそれについて納得してくれたので明日出発することが決定した。
「そういや、どうやってこの場所から出るんだ」
クラウドが不意に気付き質問した。
「それなら問題ないわ。ちゃんと外へ続く階段があるの」
「マジで!?」
「えぇ」
「じゃあ、そっから来ればよかったんじゃねぇの」
「それは無理ね。外からじゃ砂に埋もれていて見つけることは不可能でしょうから」
「確かに…」
「ねぇ、聞きたいんだけど今って朝なの夜なの」
「え、朝だろ」
その問いになぜかクラウドが答えた。
「なんでそんなことわかるのよ。こんな閉鎖的な空間じゃ太陽なんて見えないのに」
「なんでって、寝て起きたら普通朝だろ」
「はい?バカじゃないの!寝たのが夜かもわからないじゃない」
「なんでだよ。眠くなったら普通夜だろ!」
そんな二人のやり取りを聞いて、トキは呆れ、リザはクスクス笑っていた。
「そうね。彼の言う事はあながち間違ってはいないわね。今は朝よ、と言っても
もうほとんどお昼と言ってもいい時間帯でしょうけど」
「ほらなぁ」
自慢げにクラウドが言う。
「まぐれでしょ」
「いーや、絶対俺の才能だ」
そんな事を言いながら、そのまま30分ほど言い争っていた。
そして、あることに気付いたクラウドが突然話をリザへと振る。
「なぁ、なんでリザさんは今昼だってわかるんだ?」
「それはこれでわかるの」
ベッド脇にある小さな棚の上に置いてある丸いガラスの球体を手に取り見せた。
球体は直径10cm位で中に真っ赤な薔薇が入っている。その薔薇はまだ完全に開ききってはいない。
「その薔薇の咲き具合で大体の時間がわかるの。閉じていれば夜、開ききっている時は昼ね。
まぁ、正確な時間は掴めないけれど、ここにいるのに時間は必要ないから。
それにしても、あなた達運が良いわ。魔女祭の前後になるとその薔薇はより深紅に染まるの」
「へぇ、どういう原理かはわかんねぇけどすごいな」
「綺麗ね」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。とても気に入っているものなの」
「薔薇がお好きなんですね」
今まで黙っていたはずのトキが質問した。
「えぇ、大好きよ…特にこの薔薇はね」
そう言って大切そうにガラスの中の薔薇を見つめ微笑んでいた。
それは、今まで見た中で一番優しい笑顔だった。
by 沙粋