2025年3月15日午前8時27分。地下鉄空港線、天神駅、13番出口。
同じく福岡市役所に向かう、木場君がやってきた。
リアルの活動は4日以来。長き交渉の末、医師から1人での外出を「1人での活動はしないこと」を条件で許可された。
だから私はここまでこれたのだ。
「あー、もう……帰りたい。未来自治体から逃げたい」
「ははは、木場君はいつもそうだったね。……でも今日で終わるよ」
「そうだね。未来自治体が終わったら、ひら・ぐらに集中できる」
「相変わらず、変わらないなあ」
いつもより4本早い時間の電車。思ったより人は少なく、穏やかな朝だった。
福岡市議会棟11階、福岡市民クラブ議員控室。
しんすけ議員が開けてくれ、練習のため使っていいとおっしゃったため、ありがたく練習した。
原稿を読みながら、スライドを見ながら、通し練習をしたが、時間ぎりぎりだった。
近藤議員から「冒頭の自己紹介の下り、カットしてしまえば?」と提案された。
確かに一番冗長なのはそこだ。間違いない。しかしながらこの余白がなければ、場の空気をひきつけたり、聞き手の心理的ハードルを下げたりすることができない。そのため万が一時間に余裕がなくなればの切り札に取っておくこととした。
とにかく私は、自分の割り当てられた原稿を4分30秒以内で読み切らなければならなかった。
何度も通した。通し続けた……
午前11時40分。しんすけ議員から指示が「そろそろ控室出る準備をして昼食をとってください。13時に現地で」
……指示の時間が早い。優柔不断ズだからだろうなぁと苦笑しながらお昼ごはん会議を始めた。
やはり決定に難航した。なんでだろうか、予想通り過ぎる展開だった。
10分経過後、近藤議員から「まーた悩んどると?」とこちらへやってきた。そして彼女に進められたのが「そば処 みすゞ庵」
ということで13分経過のち、近藤議員に救われる形でお昼御飯が決定。
とはいえ流石天神。お昼時になると人が集まっていた。地元の唐津だったら11時50分だと、まだ人は少なかったと思う。早めの出発は正解だったと確信した。
(開始前の会場の様子)
お昼を済ませ、会場入り。井上まい事務所のインターン生、杉本君が先にいた。お気の毒に1人でプレゼンテーションをすることとなっており、緊張している様子だった。
時に皆さん。共通テスト(センター試験)には魔物がいると、そういう話をしたことはないだろうか?
緊張のあまり勉強したことを忘れたり、思った以上に時間が足りなかったり……有名どころはそこだろうか。
残念ながら未来自治体のプレゼンテーション大会にも、魔物は存在したのだ。
そしてその魔物は、杉本君や私を飲み込んでしまったのだ。
トップバッターは杉本君。水素カーの普及を目指し、水素カーNO1の街福岡をビジョンに掲げた。
しかしながら、何が起きたのかはわからなかったが10分で彼はすべて言い切ることができなかった。質疑応答の時間となる。息を吸えば肺に鉛が入ってくるようなあの重苦しい空間、彼に対し何か気の利いた質問をしなくてはという焦り、それでも出てこない言葉たち。質疑応答の時間は締め切られ、2番手である私たちに出番が回ってきた。
この空気を変えなければ、私たちにとって苦しい展開が待っている。しかしながらそれでも時間内に言いきらなければならない。
だから私は冒頭のあいさつをすべてカットし、単刀直入に本題に入った。

(プレゼンテーション大会の様子。あまり当時のことを思い出せません)
発表原稿分を終了し、木場君にマイクを渡す。
発表者用のタイマーを見ると残り「4分15秒」。
緊張で滑舌が回らなかったり、台本を飛ばしたりしたのか4分30秒で言い切ることができず、「5分45秒」かかっていたのだ。
……私はこれが一番悔しかったことだ。そして一番の罪だと思ってる。悔やんでも戻らないものだが。
木場君の立ち回りによってなんとか時間内に収めることができたが、彼もまた「30年後に向けてのタイムスケジュール」という一番重要なパーツを割愛するという選択をしてしまった。後にしんすけ議員から残念がられる部分でもあった。それを誘発したのは私である。だから一番このプレゼンテーションにおいての戦犯は私であり、私が背負わないといけない部分である。これに関しては木場君が詰められるいわれはないのだ。
だがいい収穫もあった。それは質疑応答を活発に終わらせることができたということだ。
あの質疑応答の空気感のまま次のチームにつなげることができたという点では私はやり切れたといっていいだろう。
しんすけ議員もそこについては高評価だった。
発表終了後、肩の力が抜けたのか、発表を聞く余裕ができた。
とはいえ、プレゼンテーションをする人にとって質疑応答というのは地獄の時間である。下手に圧をかけてしまえば場の空気ごと変えてしまうのだ。それを苦しく思ったことも私はある。だから下手な圧はかけないように意識した。
「相手がこたえたい、聞いてほしいと思う質問」を追求したのだ。反対に「相手が嫌がる質問はしない」と心に決めていた。
まあそれが、最初の杉本君に対する償いみたいなものだろう。振り返れば、彼は話したいことがきっとあったはずなのだ。だからそれを引き出せなかったことに対する負い目もどこかにあったことは認めよう。せめてほかの人たちがそれで苦しまないようにとはどこかで思っていた。これも後ほど、しんすけ議員や近藤議員に「聞きたかったこと聞けばいいのに」と残念がられたのだが。
3番手のチームは私がハーフタイムのときにプランシートを見たことがあるチームだった。当初はもう少しぼやけたビジョンだったのを覚えている。題目が「安心して暮らせる街、観光できる街」という部分で防災教育について質問した過去があった。その際は教育面については3つ目を埋めるため、深くは詰めてないと回答された記憶があったのだ。
だからあの発表を聞いた後、ハーフタイムでした質問と全く同じ質問をした。そして彼女たちは明確に回答を返してくれた。私はそれにドラマを見出し、感動した覚えがある。……プレゼンの質問ってこういうところが楽しいよなって、その時の私は思った。間違いなく優勝チームだろう。私は確信すらしていたのだ。
その他、AIを使って予算を算出したチームに対し「その自治体とは実際に存在する場所をイメージしているのか?」と尋ねたのだか、心の中で「ちょっと詰めすぎたかもしれない」と反省した。
申し訳ないが私はTRPGというキャラクターを演じて物語を紡ぐゲームにおいてで長い間KP(脚本家)をしていたこともあり、キャラクターの信念と、演じる人の行動指示がかみ合っていないとすぐに「その行動をする動機がわからないのですが説明してください」と詰める癖があるのだ。どうかお許し願いたいものである。
それはおいておいて、すべてのチームの発表が終了した。点数の集計を見守りながら、やっぱり3番手のチームのプレゼンテーションが心に残っていたため、彼女たちの優勝だなと半ば負けを認めていたのだ。
実際の優勝チームは全く違った。個人的には予想に反していたのだ。
それは一番最後に発表したチームだった。彼らはインターンシップの普及を通して若者の社会参加をもっと促すことをビジョンとしていたのだ。まあまあ、インターンシップに目を向けたのは新しくていいな。面白いなとは感じた。しかしながら内容を聞きながら「未来自治体」というコンセプトからややずれている印象があった。
素直に感情を言うならば「え、それでいいの?」と半ば信じられない思いがあった。とはいえ採点の結果に異を唱えるつもりもなかった。結局は採点基準が学生である以上、学生組の心をつかめるかが鍵になる大会だった。その立ち回りをやりきったことに対しては評価しないといけないと今は思っている。受け入れるのには時間がかかりそうだが。
晩御飯ではしんすけ議員と近藤議員と木場君、私で焼肉を食べに行った。
未来自治体の話をしながら「想像力が足りない」という話を聞いた。最初のころからイメージすることの大切さを何度も語っていたしんすけ議員だが、想像というものの困難さをインターンシップを通して何度も痛感していた。
社会的にはインターンシップと言えばリアルで通って、仕事をして、人と交流することだと私は感じており、持病が進行し体調が悪化したときインターンシップをやめるしか選択肢はないと思っていたあの日を思い出す。もっと想像力があれば、あんなふうに悩まずにリモートワークを提案していたのかもしれないとどこかで思いをはせたのだ。
それから私はかつてたくさんの夢をあきらめたことがある。歌が好きだったが歌手のオーディションに応募できるところに住んでいなかったこと、作家の賞に応募したが1次審査で落ちたこと、演劇を研究していたこともあったが役に自我を飲み込まれたこともあった。ただ、それはスキルの活かし方をそれ以外に知らなかっただけに過ぎなかったかもしれないと、あの晩御飯の会を思い出しながら、振り返っている。
面白いことに私は歌を歌うことを苦に思わないし、文章を書くことも苦に感じない。TRPGというゲームで脚本を書いたり、演出を考えたりするのも楽しいと感じるし、科学の実験で、意味もなく爆発させる同級生を見ながら笑うことも好きだった。いわば理系女子と呼ばれる人間だが、一番好きだったのはSF小説を読んでその世界観に私がいたらどうなることだろうと考えることだったのだ。とはいえ機械いじりもできることならやるだろう。
もしかしたら、上記のスキルを活かせる多くの選択肢が世の中にはあったのではないか?と今なら考えさせられる。当時は想像も及ばなかった、私にはまだわからないそんな世界がきっとあるのかもしれない。井の中の蛙大海を知らずとはいうが、世界には私の知らない生きざまがあるのかもしれない。
思考と想像は似て非なるものだ。私は想像することがあまり得意ではないが、逃げてばかりなのもなかなか癪だ。ありがたいことに私は人間である。きっと先入観や無意識の縛りをほどくことができれば、私の知りえない想像の世界がそこにあると信じたい。
……ここまでの長文を書くのは久しぶりだが、まとめるのももったいなく感じてしまう。
だからこそここまで読んでくれた皆様には感謝します。
いろいろあったけど、リアルでプレゼンテーションに行けてよかったと強く感じています。4月に大学への復帰を目指し治療も前向きに頑張れるような気がします。
最後まで私の方も応援してくださると幸いです。あと、プレゼンテーション大会にてこのブログのファンが意外といて個人的には嬉しかったです。
また体調がいいときに書きますので楽しみにしてください。それでは。
安田愛実


