人生最高の一飯

 

それは20代の頃からずっと変わっていない。

もう二度と食べることができないからこそ、不動の一位のまま心に残っている。

 

平成5〜6年頃だっただろうか。

まだ立川駅南口が土地区画整理される前のことである。

現在はすっかり様変わりしてしまったが、当時の南口はどこかレトロな雰囲気に満ちていた。

 

その南口の階段を降りてすぐの場所に、台湾料理の「宝来」というお店があった。

 

立川に住んでいたわけではないが、友人の紹介で初めて訪れた。

お世辞にもきれいとは言えず、大衆食堂のような気取らない雰囲気だった。

店内はいつも人で賑わっていたような気がする(記憶が美化されているのかもしれないが)。

厨房には店主とおかみさんの姿があったと覚えている。

 

席に着くとすぐに運ばれてきたのが、香り高いジャスミン茶。

人生で初めて口にするジャスミン茶は驚くほど美味しく感じられた。

 

料理の注文は迷うことなく、友人おすすめの「角煮丼」。

ほどなくして運ばれてきた丼は、正直、見た目はあまり美味しそうには見えなかった。

白いご飯の上に豚の角煮が5〜6個、そして炒めた青梗菜が添えられているだけのシンプルな一品だった。

 

(イメージ)

 

だが、一口食べた瞬間、その印象は覆された。

言葉にならないほどの旨さに、食べ終えるまで友人と一言も会話を交わさなかったことを覚えている。

本当に美味しいものを食べると、人は言葉を忘れてしまうのかもしれない。

何度食べてもその感動は変わらず、食後のジャスミン茶がまた絶妙に合った。

 

それから数年間、足繁く通ったが、注文するのはいつも決まって「角煮丼」だった。

 

やがて店主から、土地区画整理に伴い店を閉めることを知らされた。

再開発後に移転する話もあったそうだが、それを機に引退するという。

ちょうどその頃、私自身も東京を離れることになった。

最後に思い出としてレシピを教えてほしいとお願いしたが、それは叶わなかった。

 

しかし、東京を発つ前日、店主の粋な計らいで「角煮丼」をタッパーにたっぷり詰め、冷凍したものを持たせてくれた。

 

それから30年近く経つが、あの味に再び出会うことはなかった。

 

インターネットも普及しておらず、スマホも存在しなかった時代。

写真も情報も残っていないが、私にとって忘れられない最高の一飯である。