今日も子宮腺筋症のため、
酷い生理の諸症状で体調的には最悪でしたが
なんとか昼までには
友人に
お詫びの手紙を書いて
返却本の発送手配と連絡をすることができました。
貧血と腹痛で冷や汗が吹き出て
……そんな時に限って、
またしても生活必需品が切れていたり
食料のストックが無かったり。
正直、いろんなことを考えました。
一人で生きていくって
今後たとえ身体がどんなに辛くても
なかなか助けを求められなかったり
まして、現状のままでは
父の介護も一人で行うと考えたら
20代の時には漠然とでもそんな覚悟をしていたけど
実際に心身ともの病気になって
身体が思うように動かないと
全てを一人で背負っていくのは大変だし
だから余計に
父を押し付けて逃げるように結婚していった妹達
……手助けもなければただ外野から責めるだけ。
正直、ずるいなと思うし私がバカすぎた。
人のこと、家族のことばかりで
自分のことを生きられないような感覚は抜け切らない。
今日、フラフラで買い物をしながら
そんなことを考えた。
その時、以前お世話になった女性の言葉を思い出した。
その女性は芸術の大家の娘さんだ。
「大人はね、お金で時間を買うんだよ。」
「身体が辛い、睡眠が必要な時は、タクシーを使えばいい。」
当時の私は泊まり込みが多く、休みも無かった。
家にはお風呂に入りに帰るような感覚で
深夜タクシーで帰宅し、風呂に入ってそのままタクシーで戻るといった生活だった。
タクシー代はゆうに日給を超えていた。
そんな状態ならその仕事自体をやめればよかったけど
家にはアルコール依存の父。
はっきり言って、家に帰れない状況が自分にはありがたく
こんな私が、アル中のためではなく
芸術の為に命を捨てられるなら
と……そんなことを本気で思っていた。
でも、その娘さんは大変厳しくも、素晴らしい女性でした。
そんな女性から
「大人はお金で時間を買う」と言われても
正直、お金持ちの感覚で
私のような貧乏人には関係ないと思っていたけど
その意味を聞くと
その通りだなって思いました。
要は、自分の体を最優先し
忙しいくても心をリセットしたり
少しでも睡眠時間を捻出する為に
お金を払って買えるのなら、
自分の時間を作る為にお金を使いなさい。ということなのです。
私自身、本当に時間のない毎日でしたが
それ以上に
芸術家のお父様を支える娘さんの献身と
日々の奔走、忙しさは
私なんかの比ではなかった。
足元にも及ばない。
どれほど心を砕き続け、日々駆け回っていたでしょう……。
愛だと感じました。
深い理解がありました。
どんなに忙しくても
疲れた顔を見せず
厳しいことをいいながらも
スタッフの調子が悪ければ
一人一人に合わせて
最高の食材で
わざわざ手料理を振る舞ってくださいました。
たとえそれが深夜でも。
時には
「今月よく頑張ったから、お父さんに渡してあげなさい……」と
ポケットマネーでお小遣いをいただいたこともありました。
父には封筒ごと、娘さんからいただきましたと
私ました。
父もいまだに、
その封筒は大切に保管しています。
ともすると、
経済的事由で自分にお金をかけるなんて……
とてもじゃないけど出来ないと考えてしまいますが
病院に行くにも
睡眠時間を確保するにも
止むを得ない場合は
自分のためにお金を使ってもいいのです。
心身ともに健康になれれば
また働いて収入を得ることもできます。
しかし、
自分の健康に対する過信や我慢で
大切な体をないがしろにしては
最終的には医療費も
働ける期間も
短くなってしまいます。
本当なら、健康を害さないような仕事や環境で生きられればいいのでしょうが
そうはいっても
仕事に限らず様々な場面で
なかなかそう出来ない状況……というのも
発生するものです。
自分の時間を作るために
自分の健康のために
お金を使うということは
結果的には
家族や大切な人を守ることにも
繋がるんですね。
病気になってしまうこと
どんなに注意しても
それ自体は仕方がないことでもあります。
そこから先、どう付き合って行くかです。
短距離じゃない。
長距離だ。