日本について、を書いてからだいぶ経ってしまった。今回は、カナダについて書こうと思う。これはけっこう苦戦した。なぜかと言うと、カナダはいろんな地形、気候、言語、人種、文化、アイデンティティが混ざり合っていて、カナダはこれだということは不可能なような気がするからだ。

ということで、まず、切り口として、日本人はカナダのことをどう思っているのか?という問いを設定してみることにした。カナダ人に「カナダってどんなところだと思った?」と言われることが多いけれど、どう答えたら良いか分からない!という人も多いと思う。そんな質問を投げかけて来る方も、答えを持っていないことが多いのだと思って、そんな時は、質問を「一般的な日本人のカナダイメージは・・・」という会話にスリかえてしまうのが、大人の対応だと思う。

1.カナダ=カナディアンロッキーとメープルシロップ
多分、カナダについて多少なりとも知っている人なら、日本人はここまで単純化していない!と思うかもしれない。しかし、カナダと言うと何を思い浮かべるか、というイメージのレベルを考えると、カナダに行こうと思った時、一番始めに考えるのはバンフやジャスパー、お土産にはとりあえずメープルシロップ買っておけば良いか、これが一般的なイメージだと思う。

2.カナダは白人の国
上の例と同様、カナダに関する知識のある人は、移民に寛容な国だということを知っているので、「こんなことを今更考えている日本人はいない」と思うかもしれないが、大多数の日本人は北半球にあって英語を話す国なら、白人の国と思っている、これが正しいイメージだと思う。

日本人の無知さをアピールしているだけだと思うかもしれません。ごもっとも。しかし、カナダに来ることによってこのイメージがどれだけ変わったかということを彼らに伝えれば、カナダ人は日本人を見直すことになるでしょう!

1.カナダは多様性の国

バンクーバーに行けば、アジア人が人口の大半を占めていることが分かる。バンクーバー空港内ののサインが英語、中国語、フランス語の順番で書かれていることを考えれば、中国系の進出がどれだけ凄まじい市であるかが分かる。高校も場所によっては7割がアジア系ということも珍しくないそうだ。

カルガリーに行くと雰囲気はガラリと変わり、「カルガリー空港に到着します」と飛行機内のアナウンスが流れるとおもむろにカウボーイハットをどこからか取り出して来てかぶるオジさんが一人や二人ではない。空港内の展示もカウボーイ一色。北米大陸の地図を取り出してみると、カルガリーの南側にはテキサスを筆頭に、コロラド、ワイオミング、モンタナとカウボーイたちの活躍の場が弧になっているのが分かる。国境は引かれているものの、横のつながりよりも縦のつながりの方が歴史的には強いのではないかと思わせる。

サスカチュワン/マニトバには失礼だが、行ったことがないので割愛させて頂いて(カナダ国内のこれらの州に対する思い入れを考えると、割愛させて頂くのがカナダ人の心境むしろを反映しているのではないかと思う。)トロントへ行くと、そこは人種のるつぼである。米国も人種のるつぼと言うが、それは米国全体としてという話であって、こんなに小さな地域にこれだけの多様な人々が住み、多様な言語が飛び交い、それが普通であるという意識を皆が持っている場所は他にないに違いない。トロントニアンに言わせると、日本が、戦争中に日本に連行した(もはや日本語しか話せない)韓国人に未だに国籍を認めないことが本当に理解しがたいと言う。それは本当にごもっとも。

そして、ケベック州へ。そこには頑なまでにフランス語、そしてフランス文化を継承させて行かなければならないと主張する人たちがいる。フランス語を英語と並んでカナダの公用語にさせ、ケベック州に来る移民にはまずフランス語を習得する義務を課す。ケベック州に住む6割の人はフランス語のみを話す。フランコフォンと呼ばれる彼らの権利を尊重するため、連邦レベルでの政策決定のスピードは異常なまでに遅い。(上記と同様の理由により、すみませんが、ケベック以東も割愛)

さて、こんなカナダをひとまとめにして、カナダはこうだと言うことが出来るのだろうか。数百年もの間、カナダはアイデンティティの問題に取り組み、米国との関係で自己を定義付けすることまで行われた。しかし、未だに結論は出ていない。よそ者の私たちとしては、日本人のイメージ、そして現地に来ることによってそれがどう変わったかということを伝えることにより、彼らに一つの視点を与えることによって、彼らを傷つけずに、かつ日本に興味を持ってもらえるのではないかと思う。

市民レベルの外交とは、すなわち視点をたくさん持つこと、そしてある国に行ったときにその視点を駆使して観察し、それを相手に伝えることによって相手の視点に影響を与えて行くことだと思う。

ただ、自分の視点が増えていくほど、見るものに対する新鮮味は薄れて行くので、気づかなければいけない詳細な部分に気づかなくなっていく。常に視点を切り替え、Aの視点からは~、Bの視点からは~、という風に物事を観察しなければならない。旅行に行ってももはや何にも感動しないねぎとわさびは自分の数々の視点を整理し、切り替えながら物事を見、それを比べる中から楽しみを見つけていかねばならないのだと思う。