どーも!こんばんわ!かなりご無沙汰してしまいました。
フェイシャルリフレで多忙に多忙ならカンペキですが、ここ最近はフェイシャルリフレ以外で多忙でして(^_^.)
いやいやブログたるもの、更新が命でありまして、危うく命を落とすところでございやした(笑)
ブログとしては瀕死の状態での今日の日記、ヨックル節全開でいきたい所存です。
しかも前フリしたままでしたね。かたじけないm(__)m
東京施術見学シリーズ最終回(8/3のことをいつまで引っ張るんや! 笑)。
フェイシャルリフレクソロジー創始者ロネ・ソレンセンの施術を見て感じたこと(メンタル編)です。
あのロネのネイティブな、まさに自然療法という施術を見て先ず感じたのは・・・
「とにかくトコトン数だな」ということでした。
ロネの動きは初心者が見るとアバウトに見えます。トコトン顔を知り尽くしているので、動きにムダがなく、極度にリラックスしているので日本人の感覚だと「チャッチャ」とやってると感じる場合があります。
車を知り尽くしている人が、一見適当に運転をしてる様で寸分狂い無く駐車したりする様な感じにもボクには見えます。
膨大な数の顔がインプットされている。もう会った瞬間から既にたくさんの情報を目で読み、触れて確認していく位ではないでしょうか。
(イカン!文が長くなってきている!簡潔に! 笑)
数の中身も違うんですよね。つまりグローバル。子供からお年寄りはもちろん、色々な国の色々な人種の方々に施術してきている人なので、情報の質も幅がかなり広く、深い。
肌や筋肉の質感、何より骨格が違うと思います。
どんな施術・セラピーでも数は何よりの勉強です。場数をより踏んでいる人が上手い。これはハズれてはいないでしょう。どの世界でも。無論、それが全てでは無いことも事実。
とにかく、圧倒的な数だなと感じた。
つまり卒業生もやり続ければ、ああいう施術になります。学び続け、触れ続ければ。
だから現在の自分の施術で自分を判断するのは、幼稚園児を見て、「この子はダメな人間だ」と判断するようなモノかな(笑)
次に、これは実は受講中も感じていて、今回自分としては確信した気持ちです。
それは「ロネのマネをしていてはダメだ」ということです。
ロネの施術を食い入る様に見ながら、逆説のようですが、素直に湧き上がって来た気持ち。
勿論、フェイシャルリフレクソロジーはロネが創造したセラピーですから、それを学び(マネる)、学んだものをおこなっていく訳です。
ボクが言いたいのは方向性というか、姿勢というか、ココロの置き方です。セラピストの到達する地点の一つはオリジナルのセラピーだと思います。ロネがそうであった様に。数々のセラピーを学びながらも、ドンドンと疑問を持ち、新たな提案をし、色んな角度から勉強し、壁を越えて来たはず。
ボクはセラピストはアーティストだと考えている。常に軸は自分にあり、自分で考え、自分の空間を創り、提供していく。
つまり、今後ロネの話す事にも1%や2%は疑問が出て来ても当然なはず。自分で情報を集め、本を読み、講演に行き、自分でモノを考えているとすれば・・。フェイシャルリフレクソロジーをより良いモノにするのはフェイシャルリフレクソロジーの勉強だけでは無い。それは解剖生理学であったり、アロマの知識であったり、水の効用の知識であったり、音楽療法の知識であったり・・・人生そのものかも知れない。
勉強も思考も立体的に。
「ロネのマネをすればするほど、ロネから遠ざかっていく」、ボクはそう感じた。
最後に感じたこと。
それは、セラピーって、自然療法って、フェイシャルリフレクソロジーって、
「そーんなに小さなモンじゃないゾ」っていうこと。
この気持ちは上手く言葉に出来ない。ただ、自分がいかに小さな箱庭の中で「あーだこーだ」言ってんなと思って。
最初の場数の感覚でも、ボクが想像して理解出来るような域では無いし、ロネが施術中に考えていることなんてわかりっこない。多分、枠が違い過ぎる。
施術する際、ボクなら「歳はこれ位で健康でOLさんで・・・」という情報による枠で施術をするが、ロネは「この世界中に生きる膨大な人間の中のアジア系の女性」という枠で施術している気がする(ようわからんでしょ?笑)。
日本の中でココがイイらしい、あの人がスゴイらしい・・・な枠ちゃうやろ。
てか、枠取っ払えよ!みたいな(笑)
この気持ちがボクにとって一番大きな収穫でした。すごくスッキリして、目の前がクッキリ、目が覚めた。
ボクにとっては大きな1日だった。この1日で充分だよ。ありがとうロネ。
ホント、そーんなに小さなモンじゃないんだよね(笑)
旅は長いゼーッ!!