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ハイブリッドな身体

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エディターの松原独歩です。
しばらくご無沙汰してしまいました。夏風邪に2週間もやられてしまって。
みなさんもクーラーのつけっぱなしにはどうぞご注意ください。

先日、FM立川のラジオ番組「東京ウェッサイ」に招かれて、シェアについて少しお話してきました。
番組の模様はwebサイトで公開されていますので、よろしければご聴取くださいませ。
→リンク: FM立川「東京ウェッサイ」 7月8日放送分


さて、りえんと多摩平には、さまざまな国籍・職業の方が住んでいます。
作家、通訳、バレリーナ、介護士、デザイナー。学生さんもいます。
会社員の方も、海外留学を経て外資系の有名企業に勤められていたり、
広告代理店でクリエイティブ・ワークをされていたり。
国籍もさまざまですし、海外に出ていた経験のある日本人も多い。
北米大陸を自転車で横断した強者もいます。


昨日ラウンジで、TVのバラエティ番組を見ていました。
韓国の俳優が出ていて、それを日本のタレントがもてなしている。
双方ともに、日韓で大人気です。
何人かで見ていましたが、それを見るわれわれも日本人と韓国人の混成軍団。
「あの俳優は韓国ではじつは……」なんて、ネイティブならではのディープな情報を交わしつつ、
TVを肴に盛り上がっています。番組で紹介された韓国料理は、さっそく来週、
住人主催のパーティーで再現されることになりました。本場の人がいるので料理も本格的です。

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ラウンジにはプロジェクターも設置されています。
TVでバラエティ番組を楽しむその傍らで、プロジェクターを使って映画鑑賞会が催されている。
アメリカの映画なので音声は英語なのですが、日本語字幕はついていません。
観ているのは全員日本人だけど、字幕なしでみんな平気なんですね。それが当たり前のようです。
僕も字幕なしではちょっとキツイこともあるのですが、まあそんなモノかなと思って一緒に観てたりします。

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こういう話をすると、「国際的だね」なんてよく言われるのですが、「国際的」とはちょっと違うように思うのですね。
そんな立派なものじゃないです。
「国際」というと、なんだか「乗り越えて行く」というイメージがある。
例えば国境を乗り越えて行く、言葉の壁を乗り越えて行く。
でも、そんな大それたことをしている感覚はないのですね。
「乗り越えた」とも思わないし、「乗り越えようとした」つもりもありません。
もっと普通で自然でテキトーです。

敢えて言うなら、お互いが歩み寄って第三の場所に出てきた、そんな感じなのですね。
その第三の場所は、ゆるくできています。
そこでは人それぞれ違うことが当たり前だし、ある程度の不自由と制約があることも当然で、
出て行くことも入ることも自由、誰もそれを咎めないし、気にしません。
かと言ってドライなわけではなく、必要なら助けてくれるし、
お互いそれとは分からないやり方で暗黙裡に頼ったり頼られたりしていて、緩い靭帯でつながっている。

この「第三の場所」は、そこに集まっている人と人の間にできてくるような、概念的な空間です。
そしてその「第三の場所」を、つくれる人とつくれない人がいる。これが最近わかってきたことです。
僕もシェア暮らしを始めるまでは、こんな空間があることを知らなかったし、
もちろん「つくれない」側の人間でした。



つくれる人の特徴があります。例えば――


・2つ以上の国で生活したことがある

・2つ以上の言語を扱うことができる

・本業以外に何か社会的な活動をしている

・少なくとも2つの職業を経験している

・2か所以上の場所に同時に住んでいる


このどれかに当てはまっていることが多いです。
共通しているのは「2つ以上」ということ。自己を多重化しているような領域があるということです。
こういう人は第三の場所をつくるのが上手で、ふんわりしたような、気のおけない空気を身にまとっています。
道で人にものを尋ねられる頻度が異常に高かったり、最近の若い人の間では「ゆるい人」という言葉で
肯定的に受け入れられたりしています。

これは性格というより筋力のようなもので、頭でなく身体の能力です。
英語をいくら勉強して話せるようになっても、こういう能力は身に付かない。
逆に言葉なんか通じなくたって、この能力のある人は世界中どこでもきっと上手くやっていけます。
そしてこの力のある人を、僕は「ハイブリッドな身体」と呼んでいます。

ハイブリッドな身体をもつ人は、一方でも他方でもない、中間的なポジションがあることを知っています。
一方が崩れても他方があると思えるから余裕があるし、2つあることで、点から線へ、あるいは面へと
世界が広がっている。2つの地点を常に揺れているので、しなやかで強い、竹のような印象がある。
客観的な視点をもつことも上手だし、自分を客観視することにも長けています。
そしてフェアです。自己の利益だけ追求するようなことはあまりしない。


振り返ってみれば、「シェア」というのも、じつはこのハイブリッドな身体たちがつくる、
第三の場所によって機能しています。
自分のものでもなく他人のものでもない、あるいは自分のものでもあり同時に他人のものでもある、
そうしたモノや空間がシェアの領域で、シェアハウスが建っているからそこが共有化されているのではなく、
そこにいるハイブリッドな身体たちが第三の場所を醸成しているから、シェアの領域として機能しています。


ひとつのことに専念して、それだけをやってきたような人ももちろん素敵です。
あらゆる職人さんたちを僕は尊敬していますし、日本にそうした職人が多いことを誇りに思ってもいます。
ですが、急速に狭くなってゆくこれからの世界では、ハイブリッドな身体性がきっと求められていく。
繰り返しますがそれは頭でなく身体の能力なので、語学学習によっては習得できません。
「国際化」なんて声高に合唱するより、他人と何かを共有して、自己の身体を二重化しつつ、
自らの周囲にマイクロ・インターナショナルな場所をつくる、そんな力を鍛えていくことが、
これからの世界では必要になっていくのかなと思っています。


松原独歩

【レポート】7/9 Watanabe World Cafe

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こんにちは、エディター 加藤です。

先日行われたWatanabe World Cafeのご報告です。

りえんと多摩平が誇るスーパー管理人・渡辺さんプロデュースのWatanabe World Cafe。留学生や海外経験者が多く住まうりえんと多摩平の住人たちがA棟ラウンジでトークショーなどを行う企画第一弾。
普段のエディター企画とは違い、りえんと住人が一歩前に出てもらう企画です。

今回は管理人さんのカメルーン体験記、中央大学の中国人留学生による日本の印象や母国の文化などを紹介してもらいました。


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↑上海ガニの食べ方を動画付きで説明してもらいました

「文化摩擦」をテーマに中国と日本との様々な差異を若干20歳ながら話してくれました。
好奇心そそられるトークに多くの質問が飛び交いました。特に食の質問が多かった気が・・


管理人さんのトークでは、普段から話してもらっていたカメルーン体験記の気になる全貌がようやく明らかになった瞬間でした。


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↑改めてスーパー管理人であることを実感。。


次回以降は管理人さんの10数年にも及ぶアメリカ編を3部構成くらいにして聞いてみたいです。
またぜひともお願いします!


そして、カフェ終了後に行われた夜のパーティーは、なんと発表してくれた留学生 王さんの誕生日会!
王さん、誕生日なのに発表してくれて、ありがとう!

自分は残念ながら参加できなかったのですが、パーティーではスイカ割りやパイ投げ(?)などで盛り上がったようです。



今回はエディターだけでなく、管理人さんや入居者の方と一緒になって企画を考えました。エディターだけが考えるのでなく、りえんと住人と一緒に考える事で一過性のイベントで終わらなく継続的な何かが生まれると思っています。
「住まいながら編集する」ことで気づいた事のひとつです。

来週(7/23)行われる「りえんとカフェ」でも、入居者Sさんプロデュースの「YOGA CAFE」がはじまります。エディターの活動に刺激され手を挙げてくれました。普段使っているテラスがヨガ教室に変わることを想像するとわくわくします。楽しみです。
詳細はまたこちらでご案内したいと思います。



加藤陽介



勝五郎生まれ変わり物語

「お姉ちゃんは 今の家に生まれ変わる前は、どこの家の子どもだったんだい?」


毎日暑いですが、体調など崩されていませんか?エディターの宮川です。



東京ではお盆に入りました。

近所の西友でも、お盆の商品が売られています。

鬼灯や砂糖菓子。胡瓜の馬や茄子の牛。

りえんとの近所の家でも、迎え火をする姿を見かけました。


そんなお盆の時期にピッタリな日野市にまつわるお話をご紹介します。


時は江戸時代。

文政5年11月のある日の事、中野村(現八王子市東中野)に住む勝五郎という8歳の少年が、一緒に遊んでいた姉に、

「お姉ちゃんは、今の家に生まれ変わる前は、どこの家の子どもだったんだい?」

と尋ねました。驚いた姉が、

「そんなことは知らないよ。何を言っているんだい」

すると勝五郎は、

「自分は、もとは程久保村の久兵衛という人の子どもで、藤蔵というんだ」

と言うではありませんか。
 姉から話を聞いた両親や祖母が勝五郎に詳しく話を聞いたところ・・・


藤蔵は6歳の時に疱瘡で亡くなりました。亡くなった藤蔵の魂は墓地に葬られる時に、棺桶から抜け出し、家に帰ったそうです。その時泣いているお母さんに声をかけたのですが気づいてもらえず、そのまま黒衣に白い鬚を生やした不思議な老人に伴われてあの世に行ったというのです。

その後、中野村の小谷田家に連れてこられ、この家の子供に生まれ変わるように言われた、と話したそうです。

藤蔵が亡くなってから6年目にあたる、文化12年10月10日の事でした。


あまりにも突拍子っも無い話で、にわかには信じられません。

すると勝五郎は次の様に母親に話したそうです。

「おれがかあちゃんの腹に入る時に、江戸に奉公に行くと話していただろう?」

その奉公の話は本当の事で、事実母親は江戸へ奉公に出たのですが、勝五郎を身ごもっていることが分かり帰って来たのでした。
 

勝五郎はたびたびその話をしたそうです。

祖母は、藤蔵の家を探しあて、文政6年の正月、勝五郎とともに訪ねていきました。勝五郎は、来た事もない程久保村のこと、藤蔵の家のことをよく知っていました。


勝五郎の事は、あっという間に近所に知られ、「ほどくぼ小僧」というあだ名がつけられました。

勝五郎の家には、見物人が大勢押し寄せたそうです。



その後の勝五郎はと言うと・・・

平凡な人生を送り、明治2年に55歳で亡くなりました。
 

明治30年、小泉八雲が随想集『仏の畠の落穂』に「勝五郎の転生」を著し、ロンドンとボストンで発売。勝五郎の生まれ変わりは、海外にも紹介されました。


程久保の藤蔵の子孫の家は、今も同じ場所にあります。

程久保の山にあった藤蔵の墓は、開発により昭和40年代後半に高幡不動尊墓地に移転。

高幡不動に行くと、勝五郎のお墓を見ることが出来ます。


信じる信じないは・・・・・。でも、この話は紛れもない事実?!


そんな不思議な話が残る日野。

平成23年、どんな不思議が待っているのでしょうか?