家族問題カウンセラーリコラ

家族問題カウンセラーリコラ

家族問題カウンセラー「リコラ」のブログです。
育児支援、虐待予防、愛着障害、幼少期に養育者により影響を受けやすい、インナーチャイルドの癒しについても積極的に学んでまいりました。
様々な確度から、皆さまのご相談にアプローチしてまいります。

願いを叶えたいあなたへ

願いを叶えたいと願うとき
私たちはつい
「叶えてもらおう」としてしまいます。

神様に
宇宙に
運命に。

でも本当は
願いは叶えてもらうものではなく
祈りとして自分の中にあるものです。

もし外側に願いを預けてしまえば
思い通りにならなかったとき
不満や怒りが生まれます。
 

祈りには
取引も駆け引きもありません。

ただ祈る。

その祈りが天に届いたとき、私たちはそれを
「願いが叶う」という形で受け取ります。


私たちは生まれたとき
何もできない存在でした。

それでも愛されていました。

けれど成長するにつれ
「恥」という感覚を覚えます。

こんなこともできないの?
みんなはできるのに。

その言葉の中で
私たちは自分に「欠け」があると思うようになります。

でもその欠けは
本当に隠すべきものなのでしょうか。


欠けは
傷ではなく
天の光が差し込む窓かもしれません。

臆病さ
迷い
慎重さ

それはあなたの弱さではなく
あなたの個性でもあります。

この想いをカードの言葉としてまとめたものが

愛と光シリーズ


願いが叶う麗しの龍神オラクルカードブック 77の奇跡の守護メッセージ

願いが叶う天使のオラクルカードブック 77の奇跡のメッセージ 

です。


願いを叶えるために必要なことは
何かを足すのではなく

自分と仲良くなることからはじまります。

そのための言葉を
77のメッセージとしてまとめています。

おかげさまで、

2冊の本をお迎えくださる方が日ごとに増えております。

手に取ってくださることに、心より感謝しております。

あなたの願いが叶いますように🍀

弁護士の鈴木先生とのコラボ企画男の子女の子
~喪失と向き合う~
今日は書き終えたあとの感想をお伝えしたいと思います。

9年ぶりの再会となった、弁護士・鈴木成公先生とのコラボ企画。
「喪失に向き合う」という共通のテーマのもと、それぞれの視点から想いを綴ってまいりました。
 鈴木先生と私、それぞれの体験や歩んできた道は違えども、その根底には
「今を大事に生きる」という一つの共通した願いが流れているのを感じております。

人生は、出会いと別れの繰り返しです。
私自身、ここ数年で経験した多くの喪失を通じ、人生の後半をいかに喪失と向き合い、
また周囲で起きる悲しみに対してどのような心で寄り添っていくべきか。
そんな問いを抱えながら、今回の企画を提案させていただきました。
こうして形にできたことに、心より感謝申し上げます。

本編では「予期悲嘆」「突然の別れ」について触れましたが、
もう一つの死別の形として「あいまいな喪失」についても心に留めておきたいと思います。
 戦争や災害などにより、生死が判然としないままの状態。
この計り知れない悲しみを抱え、長い時間を過ごしてこられた方々の心情を思うと、
安易に言葉を尽くすことの難しさを痛感いたします。

2011年3月11日の東日本大震災から、間もなく15年を迎えようとしています。
今なお深い喪失の中にいらっしゃる方々、
そして絶え間なく心痛むニュースが届くこの世界において、私たちは常に喪失と隣り合わせに生きています。

いつ、どのような形で訪れるかわからない別れの時。
もしその瞬間に、私たちが綴った言葉のどれかが、
お読みいただいた方の心を少しでも支えることができたなら、これほど幸せなことはありません。


初めてのコラボ企画から14年。

弁護士の鈴木先生とカウンセラーの私は、職種は違えども、共鳴し合う感覚を感じ、
お会いすると、その感覚をさらに実感できる、温かな交流を繋いでおります。
あらためて先生とのご縁に感謝申し上げます。

そして、最後までお読みくださった皆様との一期一会のご縁に、深く感謝を申し上げます。

ありがとうございました。

カウンセラーリコラ

弁護士の鈴木先生とのコラボ企画男の子女の子
~喪失と向き合う~
今日は相方の鈴木先生の記事から、考察を深め、アンサーブログを書いていこうと思いますニコニコ

鈴木先生の
喪失に向き合う①プロローグ
喪失に向き合う②祖母との死別
喪失に向き合う③死を想うこと
喪失に向き合う④親友との死別
こちらも是非ご覧になってくださいニコニコ

「愛着の質」と悲しみの形

鈴木先生がおばあちゃまやご友人の死を、悲しみつつも受け入れてこられた背景には、
生前の豊かな「情緒的な交流」があったのだと感じます。
先生は、祖母との死別は悲しい出来事だったけれど、今でも家族が集まると、祖母の思い出話や、両親がしくじった話もすると仰いました。
この「開かれた関係性」こそが、悲嘆を深刻化させず、温かな記憶へと変えていく力になったのではないでしょうか。
 

一方で、私は別の視点も大切にしたいと考えています。
情緒的な交流や愛着の質に課題があっても、必ずグリーフをこじらせるとは限りません。
 私自身、機能不全家族の中で育ち、生前は親や兄と心からの対話が叶いませんでした。
しかし、彼らが亡くなった後、私はイメージの中で過去の出来事を許し、
新しい家族の在り方を構築し直しました。

心の中での対話は、自分の人生を肯定するための、大切で静かな作業です。
 

イメージ療法というものも存在するように、人間は現実とイメージを区別しにくい脳の構造を持っています。
たとえ分かち合う人がいなくとも、良い支援者と巡り合うことで、悲しみから回復することはできるのです。
 

鈴木先生は、大切な存在がいつか亡くなるという覚悟を持ち、後悔しないよう良好で濃密な関係を維持・発展させていく重要性を最後にお話しくださいました。

 振り返れば、私は剣士だった祖父が稽古中に突然亡くなり、従兄弟を交通事故で、父も兄も突然に失いました。
さらに、2歳に満たない幼い猫を見送った時は、心が壊れかけました。
「もっと話をしておけば」という後悔は、いつの別れにもついてまわります。

今ここを意識することの大切さ
 

だからこそ、今この瞬間の交流が当たり前ではないという意識が、
いつか自分の心を守ってくれるのだと思います。
支援の在り方として、セルフコンパッションを行っている支援者のセラピーは、その後のクライアントの回復の予後が非常に良いというお話を伺いました。
 支援する側も、そして当事者も「今ここ」の自分を意識し、あるがままの自分を慈しみ、向き合うこと。その「今を噛みしめて生きる」実感こそが、いつか来る別れの時に自分を支える芯となるのです。
 

家族、友人、共に過ごした動物たち。喪失に向き合うことに正解はありません。
 鈴木先生の「悲しみは悲しみとして、持ち続けて良い」というお言葉に、私は死別による断絶ではなく、形を変えて続いていく「愛の循環」を感じました。
 

かつて私がグリーフレターを燃やした際、配慮のない言葉に深く傷ついた経験は、
専門的な先生から見れば「グリーフを理解していない」が故の出来事でした。
しかし、その痛みを知ったからこそ、私は他人様の喪失の悲しみに、
「評価せず、押し付けない」という指針を手に入れることができました。
悲しみの体験は、いつか誰かの悲しみに寄り添える優しさになり、希望になる「光」なのだと思います。

コラボ企画を通して、この想いをお伝えできる機会に感謝いたします。