原因から物を見るということ。神とは原因です。

 

空気が見えますか?この空の世界に帰るんですよ。

形ない世界に帰るんです。形あるものは五感ですね。

言葉は五感ですから。言葉も物質も、触れるもの飲むもの、

全て五感として話していくものに本物はないんです。

それは何が故に五感になるのでしょう?

空という目に見えない微生物が目に見える物質を作っているんです。

目に見える物質を五感と言います。物質って言うとおかしいけど、

目に見えない物質を霊界って言うんですね。そこをきちんとわきまえないと、

今生大失敗を起こします。

 

例え、トマトでもセロリでも、すべてが同じ仕組みです。

トマトの話がレベルが低いってことは間違いですよ。

目に見えない霊というエネルギーを注がないと、虫がきますからね。

人間にエネルギーを注がなければ、本質体験できません。

意識を動かさなければ、エネルギーと一体になるんです。

じゃあ、トマトのエネルギーを動かしていったら、一体になるのでしょうか?

物を注ぐときは非常に巧妙な肥料、微生物を使うことによって、

エネルギーという霊体と融合します。

人間の構造も農業の作物も二つにあらずです。これを農業はこうだ、

医学はこうだ、電子工学はどうだ、そんなでたらめに

みんな惑わされているんじゃないですか?その結果、今の経済が存在しています。

なぜ今の現象を、そのまま素直に受け取れないのでしょう。

 

こんな例があります。

医者が、「余命一か月です。絶対治りません」と。

自分は「これをやると、治る可能性がある」と言いました。

みんなどっちを選びますか?自分は間違いなく、

自分の製品を選んでくると確信していたのに、びっくりしますね。

ほとんどは治らない方に行きます。その意味が分からないんですね。

何かの固定概念があるんだと思います。

それは、自分に信用がないということですね。やっぱり医者の言う言葉の説得力と、

自分の言っている説得力の違いを感じました。

だから、信用というのは本当に財産と感じます。

一言一言に信用があるなら導くことはできるけど、信用がないとできません。

たぶん、当時イエスもそうだったと思います。

今でこそ神だなんだって言いますけれども、当時は悪魔ですから。

十字架にかけられたわけですよね。

だけど、当の本人は、お前たちは私を神としてあがめるだろうと

言って死んでいったわけですね。そして、自ら自分の肉体を放棄したんです。

 

間違っている世界は何かっていうと、形のある世界で盛り上がった内容です。

これは結果です。何度も言いますけれども、結果で結果は絶対変わりません。

原因が結果を変えるんであって、結果で結果を変えようったって変わらないです。

神というのは原因ですからね。人の意見は結果ですから、結果で原因は変わりません。

もし自分が偉そうに言ったら、この場で死ぬかもしれません。

間違ったことをいう人を神は許さないんですよ。

自分は何度も棺桶に入ってきたんですね。そのたびに反省するんだけど、

まだ反省が足りないから、なかなか満足はしていませんけれども、

自分が満足した体になった時は、今生おしまいかと思っています。

だから、あまり考えてなくて、考えているのは夕飯何食おうかと、そんなものですよ。

 

ご飯食べたければ食べればいいです。食べたくなければ食べなければいいです。

食べたくないときは食べない。これを断食って言うんです。

食べたい人が無理したら、死んじゃいます。自然と食べたくなくなります。

理解とともに空腹がなくなっていきます。

空腹があるならば、まだまだ理解が乏しいということです。

理解が乏しい者にエネルギーを注ぐ条件を切ったら、肉体は乱れます。

しかし、暴飲暴食はよくないですよ。必要以上に食べてしまう例がありますからね。

それもまた自分の体を粗末にしていますよね。それは病気になってもあたりまえです。

食べなくてもだめです。

 

よくインドで何十年食べない人、飲まない人がいます。

その世界に入れば、これは普通らしいです。

しかし、人間界はまだ食べる世界ですから、食べちゃいけないとは言いませんけれどもね。

だから、食べなかったら悟れるということではないんです。理解すれば自然に食が減ります。自分の体に沿ってやれば一番いいことですね。

 

自問自答こそが、悟りへの道です。

 

ものを分からない時に人間の欠点として、どうしても人に聞こうとするんです。

この時点で失敗です。結果の人間に聞いても何もわかりません。

聞くんだったら、自分の神に聞けばいいんです。己に聞くんですね。

自分はそこだけやっていました。

自分に知らないものはないと思っていました。

でもどうしてもわからないことがあって、こんなバカなことありえないなって

とこまで来たときに、そのバカなことやってみたんです。

その結果、異常に出会いました。

いかに自分の知識が邪魔しているかを知ったんです。

その時、無になることの意味が、初めて身に染みてきました。

自分で自分の常識を変えていく。この自問自答の力ですね。

自問自答そのものが悟りへの道なんです。

ストレス溜めたら、病気になるのは事実です。ストレスはそこに向きますからね。

なぜ、ストレス溜まるかって言うと、他人におんぶしたり、

他人を期待したりするからじゃないですか?自分に頼って動く者にストレスないです。

他人におんぶするからストレスになるんです。

じゃあ、ストレスは誰が作ったんでしょうか?

 

人の意見で、あなたの意識を変えることはできません。

これだけは肝に銘じないと、お化けの世界で止まります。

お化けは誰でも行くところです。いけないところに行きましょう。

霊界の世界です。霊界と幽界を間違ってはいけません。

幽界は形がある世界です。霊界は何もない世界です。

何もない世界を神と言います。無形無想です。これは無限とも言います。

無限の世界に帰るのと、天に帰るのは違うんですか?

同じことです。無限の意識は、無限を表現します。

 

物質に無限はないんですけれども、長く持たせることでは大事なことだと思います。

歯医者さんの話を聞きますと、虫歯治療も、治療の効果が長く持たない治療をする人が

います。無限とは言いませんけれども、持つように治療する人と、持たない治療をする人

は、行き先変わります。目先の金は有限のほうがとれるかもしれないけれども、

死んだときに天変地異おこします。その心が入りやすいからです。

みんな死んだ後のことを考えないですからね。