さっき置いたばかりのスマホを、また手に取った。
 トーク画面を開いて、数時間前に送信したメッセージを眺めてはため息をつく。既読はついているのに、返信がこない。
 反応に困る内容だっただろうか。文面とにらめっこしてみても、自分では何が問題なのか分からなかった。
 もう一度メッセージを送ってみようか、いやいや、しつこい女だと思われるのは嫌だ。葛藤しながら、アプリを閉じた。
 イヤホンから彼が好きだと言っていた曲が流れてきて、二人過ごした思い出がよみがえる。車を走らせながら取り留めもない話をした帰り道、眠い目を擦りながら語らった深夜。つい流されてしまった夜のことも。
 きらきらと光を反射する真っ黒な瞳と、柔らかく落ち着いた声。年相応な笑顔。今でもはっきりと脳裏に浮かんでしまうから、深呼吸をひとつして、曲を変えた。
「恋、ではない」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 そう、これは恋じゃない。ただ急激に距離が近づいて絆されてしまったから、ばかなわたしの脳みそが勘違いしているだけ。それだけ。
 そもそも向こうにそんな気はなくて、欲を埋めるためだけの馴れ合いだっただろうし、わたし一人が盛り上がるのはお門違いなわけで。
「……あぁ、もう」
 ぐしゃぐしゃと髪をかき乱して頭を抱えた。
 初めての感情に振り回されるのは、もううんざり。自分が自分じゃなくなってしまったみたいで心がざわつく。
 会わなくなったらましになるかと思ったのに、全然そんなことはなかった。
 本当にわたしはばかだ。何度自分に言い訳してみても、確かな予感が強まっていくというのに。まだ、認める勇気がない。
 ソファの上で体育座りをして、膝に頬を押し当てた。
 『純粋すぎて危なっかしいから、少し痛い目を見た方がいいと思う』と以前彼に言われたことを思い出す。
 わたしより年下なのに大人びていて、やけに説得力のある言葉だった。
 その通りに、今わたしは痛い目をみている。他人から見れば大した事ではないかもしれないけれど、わたしにとっては痛い目に他ならない。
 絆されて流されて、なあなあに関係を続けた罰。友だちとしての距離感でいられたら、こうはならなかっただろうか。
 
 不意にピロン、と通知の音。
 反射的にスマホを手に取って、画面を確かめる。表示されている名前を見た途端、ドクンと心臓が跳ねた。自然と口元が緩む。
 たったこれだけの事で浮き足立ってしまう自分に気付いて、顔をしかめた。

 こんな感情、知りたくなかったなぁ。


──
───
恋心を認めたくない人の話でした。
負けた気がするからね……