牛の妖怪 ( くだん ) 》
あるいは 『 パシパエーの宴 』 について

 そろそろ梅雨の季節になってきまして梅雨が明ければ夏もすぐそこ・・・。


 そして夏といえば夏の怪談・・・、というそんな今日この頃に若干唐突ですが、皆さんは < > というものをご存知でしょうか?


 < > というのは < くだん > と読み人面牛身の姿をした妖怪で人語を操って戦争や災害、疫病、あるいは飢饉などの予言をし、予言をした件は数日しか生きられないもののその予言は決して外れることがないものとされていて、主に ( china ではない ) 中国地方から九州地方にかけて伝承されているとされています。


 この < > をテーマにした文学作品としてはラフカディオ・ハーンの 『 日本瞥見記 』 や内田百閒の 『 件 』 、あるいは小松左京の 『 件の母 』 などというものがよく知られていますが、そんな中でとり・みきさんという漫画家が 『 パシパエーの宴 』 という作品でこの < > を正面からテーマとして取り上げています。


ドワンのブログ@アメーバ-パシパエー-1
『 パシパエーの宴 』
( 2006 年 / チクマ秀版社 )


 上の著作は表題作の 「 パシパエーの宴 」 を含めた数編の短編を納めた短編集で、表題作になる 「 パシパエーの宴 」 の初出は < 黄金伝説 > をテーマにした 1991 年の 『 コミックバーガー 』 10 月 21 日増刊号 で、私も当時たまたま手にしたこの雑誌で初めてこの漫画を見たのですが、ちょっとした短編ではあったもののかなり大きな衝撃を受けた思い出があります ( 以下にはいわゆるネタバレがありますのでご注意下さい ) 。


 基本的なストーリーは、 < みことの会 > という謎の新宗教団体を信仰していると噂される女優・神無みづきを追っていたテレビのワイド・ショー番組の芸能特捜担当から突然外されて夏恒例の怪奇特集担当に移動になったテレビ局ディレクターの玉木と、玉木がそうとは知らずに追い詰める事になる < ( くだん ) > の秘密をめぐってのサスペンスなのですが、これがかなりなハイ・テンポで展開されています。


ドワンのブログ@アメーバ-パシパエー-3
上掲書 p.15.

 突然に芸能特捜の担当をはずされ、理由らしい理由のない突然の担当替えに釈然とはしないものの、特別な正義感や使命感でワイド・ショーをやっているわけでもないと自分を納得させつつ、与えられた仕事として夏の怪奇特集の新しいネタを捜すために大学時代の友人であり珍本・奇本コレクターでもある三浦を訪ねた玉木の前で、三浦は知り合いの大学教授から謎の電話を受けると 「 熊楠の牛が発見された 」 という謎の言葉を残してそのまま姿を消してしまいます。


ドワンのブログ@アメーバ-パシパエー-2
上掲書 p.12.

 発見された熊楠の牛を追って姿を消した三浦と連絡を取れないままに独自の取材を続ける内に < ( くだん ) > という人面牛身の謎の妖怪の噂を知ることになった玉木が単純に新しいネタとして < > を追い始めたところへ姿を消していた三浦から連絡があり、三浦は玉木に南方熊楠の 「 十二支考 」 に一つだけ欠けていて 「 熊楠の牛 」 とも呼ばれる幻の原稿 「 牛に関する民俗と伝説 」 を発見したと語るのですが、その翌日に三浦は 「 熊楠の牛 」 を発見した知人の大学教授らとともに謎の事故死を遂げてしまいます。


 三浦が死ぬ直前に玉木に宛てて送ったファックスから < みことの会 > と ( くだん ) 、そして三浦の死との間に何らかの関係があるのではないかとの疑念を玉木が抱き始めたちょうどその頃、 「 パシパエーに選ばれたので息子と研修に行く 」 という謎の置き手紙を残して < みことの会 > の会員信者であった玉木の妻・和枝が息子の雄介とともに姿を消してしまいます。


 何故か不気味な悪寒に襲われた玉木は夏の怪奇特集の取材班スタッフを伴なって、武道館で行われた 「 みことの会第一回全国統一集会 」 に乗り込んだのですが、そこで玉木が見た < みことの会 > の秘密と < 件 > の正体とは・・・?


ドワンのブログ@アメーバ-パシパエー-5
上掲書 p.29.


 上のシーンは < みことの会 > の秘密を暴こうとして武道館のステージで繰り広げられていた宗教ショーの舞台裏に突入を敢行した玉木が、武道館のバックヤードに想像もしていなかったほどの深々度地下へと続く謎の階段を発見したシーンなのですが、武道館の地下にほんとにこんな秘密施設があったりしたらとっても怖いです 叫び


 そして玉木と玉木の妻・和枝、そして息子の雄介の運命や如何に・・・?


 と、いったようなあらすじの 『 パシパエーの宴 』 なのですが、人と牛との交配によって生まれ絶対に外れる事のない予言をする人面牛身のを生み出すために種牛に女性の信者を陵辱させるという宗教的儀式としての獣姦の不気味さには恐怖を感じ、宗教的な儀式として < みことの会 > の信者である女優の神無みづきが人間の女性に < ( くだん ) > を生ませるための種牛に背後から嬉々としながら犯されているシーンの描写には○○○は萎えたものの全身に鳥肌が立ってしまいました、・・・、怖ぇ~ 叫び


ドワンのブログ@アメーバ-パシパエー-7
上掲書 p.30.

 昭和 20 年に単なる噂ではなく本当に生まれていた < > と、その件を “ 古来より皇室の牛馬を管理する役目を負ってきた東園寺家に伝わる秘術で生かし続け戦後日本の復興を影から支えてきた保守勢力が、東園寺家の秘術による件の延命措置も限界に達しつつある中で決して外れることのない予言をする新たなを生むためのパシパエーを集めるために宗教団体に偽装して組織した悪魔的秘教団体が < みことの会 > であったという決して一般に知られてはならない秘密、そしてパシパエーとして選ばれた事を誇りとしながら雄牛の獣欲を受け入れ歓喜する < みことの会 > 会員の女性信徒たち・・・。


 メチャクチャ怖かったです・・・、てゆーか今でも読み返すたびに怖くなります 叫び ドクロ 叫び


ドワンのブログ@アメーバ-パシパエー-9
上掲書 p.34.
「 クダン ハ ウソ ヲ イワヌ 」


 もちろん、 「 怖い 」 とは言ってもそれは、変えようのない未来のお告げを聞いて、変えようの無い未来のお告げがお告げの通りに起こるのを確認することによって得られる安心の為だけに、多くの女性を信仰を装って騙し、雄牛と交配させて平然としている戦後保守勢力の人間的なおぞましさや、パシパエーとして選ばれた事を嬉々として受け入れた上に衆人環視の中で歓喜しながら雄牛と交配させられる女性信者たちの姿、あるいは社会の裏に伏在している巨大な陰謀とその陰謀に自ら堕ちていく者や陰謀に気づきながらも自分にとって大切な人が陰謀の中に堕ちていくのをどうする事もできない個人の無力感といったようなものが怖いのであって、別にそれは < 祟る > とかいう < 霊的 > な意味で怖いなどという馬鹿々々しい意味などではまったくありません。


 別に < 件 > は怨霊ではないので祟ることなどありませんし・・・ 目


 なんか最近ネット上で < 件 > を祟り神か怨霊と勘違いして騒いでいるオカルトな人たちがいるらしいのを知って ( ほんとに、オカルトな人たちってしょうもないですね ダウン ) 、ふとこの 『 パシパエーの宴 』 を思い出して久しぶりに読み返してみた今日この頃なのでした。