世の中に < 占い > と呼ばれるものは数あれど、定められた命運を操り現実の世界に深く干渉する力において 《 奇門遁甲 》 に勝ると言えるものは数少ないのではないでしょうか。
奇門遁甲と呼ばれる占術 ( マニアの方はこれを術数と言ったりもするらしいですね ) についてはオカルトや占いに興味を持っている人でその名前を知らないという人は今ではいないのではないかと思いますし、かなり散財して奇門遁甲についてはいくらでも言いたい事があるというような人も結構いるかのようにも思います。
私は術数や占いにはそれほど散財しなかったので、奇門遁甲についてもそれほど言いたい事もなく、それは裏を返せばそれほどに語れることがないという事でもあるのですが、それでも奇門遁甲なる占術に多少の興味を感じたりして多少はムダ金を使う機会もあったりして、その結果いくつかの文献をゲットしたりする事もありました。
そして、そんな思い出のアイテムの一つがこれです。
戦後の日本に廃れてしまった奇門遁甲を立向盤というそれまでに伝えられていなかった新しい奇門遁甲とともに伝えなおして日本の占術業界に一躍 《 奇門遁甲ブーム 》 をもたらした張耀文さん・・・。
そして、そんな張耀文さんにいち早く弟子入りして免許皆伝となり、自らも様々な実験を行って独自の奇門遁甲を研究した事でも知られている内藤文穏さんの初期の本格的な著作がこの 『 坐山立向 奇門遁甲真義 』 という事になります。
学習塾を経営していたという著者がパソコンもワープロもなかった時代になんかガリ版でカリカリやって作ったかのような本文に、和綴じの体裁という如何にもな雰囲気の本書は 『 奥義 』 、 『 密義 』 と続く三部作の出発点となったもので、おそらくは現在の奇門遁甲の水準からいったら 「 いまさら内藤文穏の時代でもないだろう 」 などという感想を持たれる方もいるかもしれないとは思うのですが、ある意味で一つの時代を築いた人の記念碑的な作品という事は出来るのではないでしょうか。
一時期は < 西に黄色 > の 《 コパ風水 》 が世間を席捲していたような時もありましたが、世間の表層でそのようなお手軽で楽しい擬似的術数が流行している間に、裏の世界 ( ) とも言うべきマニアな方々の間ではかなりコアな内容も浸透しその認識が共有されるようになってきてもいるようで、今の時代にこの内藤流奇門遁甲がどれだけ支持されるのかはわかりませんが、やはりこの世代の方々の認識には注目すべきものもあって、内藤さんは 『 真義 』 において次のような三つの主張をされています。
- 中国を知れ
- 気学、九星術を応用せよ
- 自由な研究をせよ
1 の 「 中国を知れ 」 ということは奇門遁甲の生まれた国の文化的背景を知ってその文化的背景の中で考えなければあらぬ誤解をしてしまう元になりかねないという事で、これは言わずもがなというものではあるかと思います。
内藤さんが独特なのは 2 の 「 気学、九星術を応用せよ 」 というところで、これは 『 真義 』 の最終章にあたる < 奇門遁甲研究指針 > においてもその冒頭において重ねて強調されています。
気学、九星術というのは奇門遁甲が簡略化されて日本で独自に発達した占術で、昔はこの気学と奇門遁甲との区別がつかない占いの先生も普通にいた時代もあったと古い占いマニアの方々から聞いたりすることもあるので、いまさら奇門遁甲と気学・九星術とを混同されても困るとは思いますが、奇門遁甲研究に際しての気学・九星術の応用というのは内藤さんにおいては一貫した考え方のようであります。
3 の 「 自由な研究をせよ 」 というのも内藤さんの最も基本的な立場らしく、 『 真義 』 中においても、透派の免許者でありながら 「 透派のものが必ずしも良いとは思っておりません 」 と断言されていたりもして、なかなか厄介なところだと思いました。
そして、最後にもっとも重要な事は、奇門遁甲はもともと兵術なのであって、そうであるからにはこれをもって個人の開運に供しようなどと考えてはならないという事があって、内藤さんは 「 奇門遁甲を開運の方途のみ追求し、穴掘り、杭打ち、盤埋めの造作法が、その目的かの如く感じている方の多いのはせちがらいことと思います。 」 ( 『 真義 』 p.28.) とまで書かれていました。
でも、ねぇ~、今の世の中で兵術として奇門遁甲を研究しろといわれても、それはさすがに・・・、とは思いつつも、自らの身体に犠牲を強いながら実際に方位を移動して実証していこうとするその姿勢は学ぶべきとも思うのであります。
ところで、 『 真義 』 、 『 密義 』 、 『 奥義 』 という三部作は結構知られているのですが、その陰に隠れてしまって忘れられがちな著作がこれ・・・。
奥付を見ると 『 坐山立向 奇門遁甲真義 』 のわずか 11 日後の昭和 42 年 8 月 11 日付けで発行されている少し薄めの一冊ですが、こちらの著作は 「 本編に記せなかったこと ( 不確実、研究中など ) について、簡単に補足するもの 」 ということで、本編のように 〔 秘伝公開 〕 などとして仰々しい記述がなされているわけではないのですが、それほど大きな 〔 秘伝公開 〕 がないながらも、その分内藤さんの本音を聞く事のできる貴重なレア・アイテムと言えるような気もします。
どうでも良いようなことを一つ指摘しておくと、本編の 『 真義 』 の方は < 著 > となっていて続編の 『 続・真義 』 の方が < 述 > となっているのに対応してか、本編の方は著者がガリ版でカリカリやったようなフォントなのに対して、続編の方は普通の活字印刷のフォントになっています。
この辺りになんかこの内藤さんの人間性の片鱗というか、ガンコそうなところが感じられて面白いなと思ったのでありました。
人間的には決して好きにはなれそうもありませんが、あの世界にいるとそうなってしまわざるを得ないんだろうなと思うとともに、それならニコニコしながら 「 西に黄色 」 とやっている方がむしろハッピーで幸せなんじゃないかな、などとも思う今日この頃なのでもあります。