先頃、日本・中国・韓国の三カ国で、歴史認識を共有し、共通の歴史教材を作る試みがなされ、三国で共同編集された本が出版されたそうです。
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果たして、歴史認識というものは、他の国と共有できるものなのでしょうか?
例えば、米国初代大統領ジョージ・ワシントンは米国側から見れば建国の父であり英雄ですが、英国側から見れば、祖国に逆らい独立した反逆者です。
もう一例。伊藤博文といえば、日本が明治維新を経て近代化する際に大きな役割を果たし、お札の肖像画にもなった偉人です。この伊藤博文は、朝鮮人の安重根という人物にハルビン駅頭で狙撃され、死去されました。伊藤博文を殺した安重根は、日本側からみれば反日テロリストであるのに対し、韓国側では祖国の英雄として崇敬されています。
このように、国が変われば歴史認識も違うものです。このことは、世界では常識として認知されている事柄です。もっと言えば、歴史認識が違うからこそ、違う国家を作ってるのではないでしょうか。
このように、国が変われば歴史認識も違うものです。このことは、世界では常識として認知されている事柄です。もっと言えば、歴史認識が違うからこそ、違う国家を作ってるのではないでしょうか。
ですから、試みとしては面白いと思いますが、歴史認識を3カ国で共有するのは無理だと思います。
歴史の事実、例えば○年○月に○○事件があったという事を共有しようという試みなら、私も賛成します。特に日本は、先の戦争で負けて、有る事無い事を言いふらされているので、侃侃諤諤(かんかんがくがく)と議論を戦わせ、正しい事実を伝えて欲しいです。
歴史の事実、例えば○年○月に○○事件があったという事を共有しようという試みなら、私も賛成します。特に日本は、先の戦争で負けて、有る事無い事を言いふらされているので、侃侃諤諤(かんかんがくがく)と議論を戦わせ、正しい事実を伝えて欲しいです。
しかし、そこから先の、歴史認識は国よって違うので、それはお互い尊重し、批判したりしないのが、国同士のマナーであろうと思います。
平成17年(2005)7月23日