貝塚が内陸で見つかる理由〜土器の館@さいたま市 | Chips フォトダイアリー

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それからちょっと心を動かされたコトとか。

2月の末に佐賀の縄文遺跡について書かせていただきましたが、


実はそのひと月前にも埼玉で縄文と触れる機会がありました。


オッサン4人で大宮をブラブラ徘徊していた際、


大宮競輪場のそばで、偶然「土器の館」というのを見つけました。


土器の館??……ナンカアヤシイ…


普段は土器など全く興味はないのですが、

オッサンたちはこの上なくヒマなので当然立ち寄ります。


ここには、さいたま市で出土された縄文土器がたくさん展示されていました。

土器の修復もここで行っているのだそうです。

6000年以上前の縄文土器。

さいたま市でもたくさん出土するんですね。


出土したばかりのものは人の手で丁寧に水洗いされて建物の外に干してありました。


触ってしまいました。6000年前の縄文人が作った土器。

触っていいのかな?


展示物の中に、貝殻がありました。

説明員の方のお話では、浦和では小さな貝塚がたくさん見つかるのだそうです。


浦和で貝塚ねえ。

なんだか違和感がありました。かなり内陸ですからね。


その時はその違和感をほったらかしにしていましたが、今になって「佐賀の遺跡と同じだ」と気づきました。

つまり「内陸にある貝塚」という共通点です。


ネットで調べてみましたら、やっぱり!


今から6000年前の縄文時代は浦和の辺りまで海だったんですね。

浦和で貝塚が見つかる理由、納得しました。

佐賀の東名縄文遺跡と同じく「縄文海進」によるものだったんですね。


今、自然豊かな見沼の湿地帯があるのもこの影響かも、などと想像を巡らします。


この地図を見ると、私の住んでいる蕨は縄文時代には海の底だったんですね。

私が子供の頃、大雨が降るたびに水に浸かったのもそのせいかな?