今日は小梅が旅立って丁度一年になる。なんだかこの一年は特に早かった。リビングの一角に小梅の祭壇らしきものを作り、お骨(遺骨)や写真、おやつなどを置いてある。毎日、起床時と帰宅時に手を合わせ、もう一年が経った。小梅の生き抜いた 12 年間の写真を整理したり眺めたり、涙こそ出はしないが胸の奥から鼓動を感じる日が続いた。家の中は静まり返り、ちょっとした物音で振り返る。そこには小梅は居ない。こんな毎日が続いて早一年が経った。小梅を思うと二度と犬は飼えない、飼いたくないと心に決めていた。今年4月 家内と長女とで買い物に出かけた際、二人とは別行動を取っていた私は、何気なくペットショップの前を通りがかった時、目を疑うほど小梅とそっくりのフレンチブルドッグの子犬が、小さな女の子に抱かれている場面を目にした。小梅と出会ったのが 13 年前の 4 月。店こそ違うが 13 年前の光景を思い出して遠目に見ていた。飼うこともないのだと我に返り、その場を立ち去った。暫くすると、娘が私を探していたのか、『 小梅そっくりの子犬がいるよ。早く来て。』と少し息を切らして駆け寄って来た。『 うん、居たね。良く似てたね。さっき見たよ。』と返答するも、『 いいから、早く来て。』と促され、しぶしぶ来た道を戻ると、先ほどの女の子は既に居なくなり、子犬がゲージの中に落ち着いていた。娘がジロジロ見ているのを察知した店員さんが『 抱っこされますか。』と近寄ってきた。拒否する理由もなく、娘はソファーに腰掛けながら、あたかも小梅と再会したかのように嬉しそうに抱っこしだした。『 13 年前と一緒だね。 』と言って、私も小梅と半年ぶりに再会したかのように堪能した。『 さあ、帰ろ。』 と言葉を発っしようとした時、娘は連れて帰りたそうに『 お父さん次第じゃない。』なんて言い出した。『 ??? 』。確かに半年ぶりに家族で会えた小梅だけをそこに置いていくような一種の罪悪感を覚え、『 じゃ、連れて帰る?!』と考えもなく発してしまった。それから半年。子犬の誕生日は 10 月 2 日。1 歳になり、今日 10 月 25 日は小梅の一周忌。13 年前の 4 月に小梅に出会い、今年の 4 月に新しい子犬に出会った。名前は小夏、同じクリーム色の女の子、なっちゃんと呼んでいる。毎日小梅は小梅として彼女の写真とお骨に話しかけながら、そして小夏は小夏として一人(一匹)の犬としての人権ならぬ犬権を尊重して向き合っている。1 歳の元気でわんぱくな小夏と奮闘している我々を天国の小梅は笑っているような気がする。元気か?小梅。
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