明日は、原爆の日だ。
職場のイギリス人が、
「明日は初めて平和記念式典を見に行くんだ(^^)!
爆弾落ちた時間って何時何分?8時…15分でいい?」
と笑顔で言っていて、私は心のどこかで、
軽く、……本当に軽くだったが、違和感を覚えた。
かつての戦勝国だったイギリス出身の、この若い人が、
広島に関心を持ち、原爆の日に心を寄せてくれていることに対しては、
私は広島の者として、勿論、感謝をしてはいるのだ。
彼は、初めて広島で暮らしていて、しかも原爆の日に市内にいて、
平和記念式典を自分の目で見られることになったのだから、
このチャンスを逃してはならない、と思ったのだろう。
日本人でさえ無関心な人が多い中、彼は真面目な人なのだ。
しかしその翳りの無い調子に接して私は、
「原爆の日は、イベントやフェスティバルではないのよ」
と言いたい気持ちになった。
彼は式典を興味津々で『見物』しに行きそうな感じがした。
『参列』するのではなしに。
外側からやって来た、全く当事者でない人としての気楽さが、
私は気に入らなかったのだろうとあとから自分で思った。