
頼山陽史跡資料館の特集展『頼山陽と幕末の群像』を観てきた。
頼山陽とその子息・弟子たちと、
近藤勇・伊藤博文ら幕末の志士たちの書が展示されており、
中でも複製でない吉田松陰絶筆が出展されるのは8月2日まで、
ということだったので、行けるうちにと思って行って来た。
頼山陽本人の書は、これまでも見たことのあるもので、
揮毫されている詩文も漢詩の会で習ったものだったが、
中年期の作については、右肩上がりの動きのある書体で、
いかにも頼山陽という趣のものだった。
書の手本として書かれた(だろう、私には詳細不明)『暢寄帖』は、
作品としての書とはまた違い、筆運びの妙技を顕示するような、
指導者・山陽の大きさ・自在さが圧巻だった。
そしてやはり今回も、山陽の長男・聿庵の書が、
山陽とはまた違う空間構成のセンスを感じさせるもので、
今の私にとっては、最も印象の鮮やかなものと思われた。
吉田松陰は、中国地方の者には何かと近しい存在だ。
山口県萩市の松下村塾が、修学旅行コースになることも多い。
しかし考えてみると、私は松陰直筆の書を積極的に見たことは、
これまで無かったかもしれない。
松陰が自身の肖像のための賛として書いたという作品よりも、
やはり、刑場に向かう直前に懐紙にしたためた『松陰絶筆』に
その未完成な部分も含めて生々しさがあった。
伊藤博文もまた漢詩をやる者にはお馴染みだ。
この人の詩はいろいろと残されており、
自身の揮毫した作品も、私が想像していた以上に数多いことがわかった。
豪快な西郷隆盛の書や、端正な岩倉具視の短冊もあり、
歴史の表舞台に登場する人達の、書家としての一面が私には新鮮だった。
近藤勇の書は山陽によく似た右肩上がりの書体なのだが、
解説を見るとやはり、山陽の書を手本として稽古に励んだと伝えられる、
と書かれていた。
一方、広島藩最後の藩主であった浅野長勲は頼聿庵の弟子で、
聿庵が手ずから植えた梅の木に、亡き聿庵を忍ぶ、
という主旨の『詠頼聿庵先生遺愛梅』を遺していた。
8月3日からの後期展示には、今回とは違う吉田松陰の作品が、
複数出展されるということなので、またそちらも観たいと思った。
書には、その人の本質の一端が明らかに現れていて、
私の様に格別の素養などない者が見ても興味深かった。
『幕末の志士たち』ではあるが、歴史上の存在意義や業績を一旦忘れて、
書から感じられる人物像をもとに、自由にイメージを広げてみるのも
なかなか楽しいことだと思った。