チラシは大切 | 転妻よしこの道楽日記

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facebookのお友達の某氏によると、先日、神奈川芸術協会から、
ポゴレリチの12月来日公演のチラシが送られてきたそうだ。
今月、広島から一歩も出ていない私は、まだそれを見ていないが、
このあと、首都圏の各種音楽会で配布される演奏会チラシの中に
ポゴレリチの12月公演のチラシも封入されるようになるだろう。

公演チラシは、主催側にとっては宣伝ツールに過ぎないかもしれないが、
観客にしてみればそれだけでは済まされない、なかなか大切なものだ。
写真が新しければ勿論のこと、仮に見慣れた顔写真が使用されていたとしても
(歌舞伎座だろうと公文協だろうと音羽屋の写真なんか二十年一日のごとく同じだ(逃))、
公演日・開場開演時間・会場名・演目(曲目)が漏れなく書かれており、
裏面には、出演者プロフィールや公演概要あるいは批評文が掲載されていて、
そのときの公演情報が、最も簡潔なかたちで一枚に集約されているのが
公演チラシというものなのだ。
これはれっきとした公演資料であり、そのとき限りの記念品でもある。
しかも非売品で、その公演が行われる日までに手に入れなければ、
期日を過ぎたチラシは、普通の窓口や店頭ではもはや入手することができない。

私はかねがね不満に思っているのだが、演奏会に行くと、
これから行われる音楽会のチラシは山ほどあるのに、
その当日の演奏会のチラシは、既に置かれていないことが大半だ。
当日になってしまったものを、今更『宣伝』する必要は無い、
という判断で、既に引き上げられてしまっているのだろうけれど、
これは聴衆の、特に熱心な聴き手の心理をわかっていない行動だ。
ファンであればこそ、自分がきょう聴く(聴いた)演奏会のチラシが欲しいのだ。
仮に、会場で立派なプログラムが販売されていたとしても、
あるいは、無料で曲目プリントが配布されていたとしてもだ。
会場で宣伝のために配布されるチラシの束の中には
興味のあるものも無いものも含まれており、主観的には玉石混淆だが、
きょうの演奏会は、自分が聴きたいと思って選んだ公演だから
そのチラシの意義だって特別なのだ。

音楽会に限らず、私がこれまで行った催しものに関しては、
その日の公演チラシがロビーなどに置かれていたら、
ほぼ間違いなく、入場する観客によって次々と手に取られ、
あっという間になくなっていたものだった。
ウィーン・フィル然り、松竹大歌舞伎然り、Studio Life然り(笑)。
清志郎の映画『ナニワ・サリバンショー』に行ったときも、
公開最終日に近かったせいか、チラシは既に皆に取られてしまって、
映画館には一枚も残っていなかった。
2010年5月のポゴレリチのサントリーホールでのリサイタルのときなど、
たまたま主催者テーブルに置かれていた当日のポゴレリチのチラシが、
まさに争奪戦のように、瞬く間に私の目の前で尽きたことを今でも覚えている
(ちなみに私は取り損なった。元来、私は鈍いのだ(爆))。

チラシというものは、公演が行われる会場の地元に住んでいないと
欲しいと思ってもなかなか手に入るものではない。
あらゆる演奏会が必ず1回は行われる首都圏に住んでいたら、
こういう実感は持たないかもしれないが、
地方の聴き手にとっては、東京や大阪で行われる演奏会のチラシを
入手することは決して容易ではない。
広島の演奏会では、広島で行われるコンサートのチラシしか配布されないし、
首都圏のチラシを豊富に扱っているプレイガイドなど、地方には無い。
超人気公演でもない限り、チケット自体は全国どこにいても簡単に買えるが、
チラシを手に入れるには、それとは比較にならないほど手間暇がかかるのだ。
秋のKISSの大阪公演にしたところが、私は一体これから、
どこでどうやってチラシを手に入れればいいんですかね(--#)。

昔はそれでも、チケットを電話予約して郵送を頼めば、
各々の招聘元がチラシも同封してくれることが多かった。
顔写真お構いなしに三つ折りにされていようとも、無いよりずっと良かった。
しかし昨今はチケットぴあやイープラスが主流になってしまったから、
発券されるのは、公演日時や席番の書かれた電算の紙だけだ。
それもコンビニ発券だったりして、早くて良いが、味気ないことこの上ない。
ゆえに、今や、公演の済んでしまった演奏会や舞台のチラシが
ネットオークションで商品として売られていることは稀ではない。
定価などない非売品だが、入手の困難さゆえにチラシには値段がつくのだ。
それも新品の折り目なしで、同じものが3~5枚セット、とかなんとか、
ああいう出品チラシの気が利いていることと言ったら、もう。

この点で、去年5月にポゴレリチがサントリーホールで協奏曲をやったときには、
入り口で渡された袋の中に、今後予定されている多数の音楽会のチラシとともに、
その日のポゴレリチの演奏会チラシも封入されていて、私は有り難く思った。
尤も、あのときはその翌々日に、もう一度同じ会場で
彼のリサイタルが行われることになっていたので、
まだチラシには『宣伝』の使命があった、とも言える状態だったが、
それにしても、遠路はるばるやってきて、初めてきょうのチラシを目にした、
という観客は少なくなかったはずで、あれは値千金だったと思う。

そういうわけで、私は、ポゴレリチに限らず、どの公演に行くときでも、
その当日の公演チラシを会場に置いておいて欲しい、と願っている。
ロビーのテーブルに、ただ積んでおいてくれれば十分だ。
当日までの宣伝で使い果たされてもう残っていない、というなら仕方がないが、
もし余っていて、回収したあとは処分するだけというのであれば、
是非とも会場で、観客や熱心なファンの手に入るようにして貰いたい。
演奏会の間、簡易プログラムとしてに大いに活用する人も少なくないだろうし、
休憩時には、裏面の批評文やCD紹介記事も十分に読まれることだろうと思う。
宣伝用として、事前に大量に撒かれたチラシは、
受け手の目に留まらなければ即座にただのゴミになるが、
演奏会当日に来た客にその公演のチラシを渡せば、
ほぼ間違いなく、表裏両面、余さず目を通されることになる。
私のようなマニアともなれば、折り目もつけずにチラシを丁寧に持ち帰り、
当日が終わっても、その後も折に触れて取り出して眺めるだろう。

しかし、ここに書いておいても、叶えられるものでもないだろうから、
私はとりあえず、12月の演奏会までに、
ポゴレリチのチラシを手に入れる努力をこれからしなくてはならない。
来月後半になれば私自身が東京に行くことになっているが、
それまで手をこまねいて待っているというのも、どうだろうか。
それで、さしあたりきょうの午後、私は娘にメールを打った。
かくかくしかじか、ポゴ氏のチラシを見つけたら取って来るように!と。
『今、上野にいるので、帰りなどに見かけたら取っておきます~』
と娘からは即レスが来た。
まったく、娘を首都圏にやったのは正解だったと、きょうはつくづく思った(爆)。