『被爆再現の人形撤去へ』 | 転妻よしこの道楽日記

転妻よしこの道楽日記

goo blogサービス終了につき、こちらにデータをとりあえず移しました

私の尿路結石騒動で書く機会を逸していたのだが(汗)
以前、耳にした話の通り、やはり原爆資料館の人形は
次回本館リニューアル以降からは展示されない方針だということだ。
1年以上も前の娘の情報は、えらく正しかったのだな(^_^;。
予想できたことだが賛否があり、反対運動も既に起こっていて、
撤去反対署名の呼びかけや、抗議デモの検討など、
ネット上での反対派の活動も、先日来、いくつか見かけた。

被爆再現の人形撤去へ(中国新聞'13/3/15)
『広島市は14日、原爆資料館(中区)に展示している、やけどを負った被爆者の姿を再現したプラスチック人形を2016年度にも撤去する方針を示した。館内の展示を遺品などの実物資料に切り替える見直しに合わせる。』『平和学習に訪れた広島の子どもが後々まで、人形に脅えた経験を語る姿は珍しくない。14日に訪れた埼玉県所沢市の中里三代子さん(77)は「被爆の実態を伝えるためには、この人形は必要だ」と撤去を惜しむ。山梨県都留市の大学生東将太郎さん(19)は「写真や遺品など実物の方が胸に迫る。作り物はいらない」と話していた。』

私自身は反対活動までやる気はないのだが、しかし、正直なところ、
「あの程度の人形にビビる感覚で原爆を語らないで欲しいわね…」
という気分は、ある。ご免なさい。
私自身は被爆者ではないが、父親が被爆者なのと、
学校時代、近所の人も先生方も被爆体験は大なり小なりあって、
友人達も被爆二世が当たり前だったこと、
それに、何年にも渡って過激な平和教育を受けた経験があること、
などの事情で、あの人形をトラウマになるほど怖がる気持ちが、
今となってはもう、よく理解できない。

『作り物はいらない』ってアナタ、
本物(の記録)はそれこそ平時には一目見たら貧血が起きそうだから、
展示として、正視に耐えるところまで十分に和らげ、
「あとは想像して下さい」という導入になるよう提示されていたのが、
あの人形だったのではないかしら。
被爆翌日に、市街地から山のむこうの村まで一日中歩いて帰った、
という程度には体力のあった、うちの父親でさえ、
ヤケドで、当時は誰なのか不明なほど顔が変形していた
のだから、
資料館の人形さんたちは、その点、まだ全然大丈夫だ(汗)。
黒くなった遺品や古い写真、統計資料などをゆっくり眺めて、
「やっぱり核兵器や放射能は、いけない」
などとシタリ顔で言って帰る、というのでは、
原爆資料館の見学として、どうなんだろうかと私は思うのだが。

被曝がうつる!白血病が!奇形児が!
というごく最近の騒ぎに、私は心底うんざりして、
その関係の話題について意見を言うのは一切やめたのだが、
原爆というのは、ドカンとキノコ雲が上がって、建物が火事になって、
あとは目に見えない放射能が散って、たくさんの人が病気になった、
……みたいな理解でいる人達が、もしかして多いのだろうか。
被爆者本人たちに較べたら、二世である我々の感覚は、
「本物」からは既に乖離したものになっているわけだが、
これが若い世代や、ましてや県外や海外の人達ともなれば、
「家族や近所や知人がみんな被爆者」という状況もあり得ないし、
観念のみが先行し、知識や感覚が、より風化したものへと変化するのも、
もう、自然なことなのかもしれない。

広島の子供達でさえ、後々まであの人形を怖がっていると記事にあり、
だとすると、私達が学校でかつて観せられた、原爆記録映像の数々は、
もはや完全に封印されているということなのだろうか。
今時だと、ASDやPTSDになったと学校が訴えられるから、もうダメか。
あと何十年かして、実体験を語れる被爆者がひとりも居なくなったら、
ああした記録映像は、世の中から事実だとは信じられなくなって、
ことによったら、日本軍か米軍が後から創った特撮だとかなんとか、
陰謀論が語られるようになるのかもしれないな(汗)。

外国人が「行ってよかった!」という日本の観光地ランキング2013が発表!
1位は広島の原爆資料館
(ROCKET NEWS 24)
というニュースを、友人某氏がfacebookで紹介していて、
今朝は改めて、資料館の今後について考えてしまった(^_^;。