
今年は、じーちゃん七回忌、ばーちゃん三回忌が奇しくも重なった。
一般的には、三回忌までは関係者をたくさん招いて法要を行うと良いようだが、
生前のばーちゃんのことを考えてみると、もはや血縁も極めて少ないし、
積極的に会いたい親戚や友人知人も多くはなかったので、
むしろ晩年のばーちゃんを囲んでいた、じーちゃん・主人・娘・私、
という面々で集まるのが良いように思い、今回のかたちにした。
拝む人もいずれは拝まれる側の世界に行くのだから
せめて現世では、できるだけ人を責めたり恨んだりしないよう
なるべく日々に感謝して穏やかにありたいものだと思った。
特に晩年のばーちゃんはそういう人だった。
ばーちゃんは笑顔を見せるのに相手を選んだりしなかった。
相手が善意の人かどうかとか、自分と意見が合う(笑)かとか
検分する必要など、ばーちゃんにはなかった。
ばーちゃんは誰にでもにっこりした。
目の前に来てくれた人は皆、縁のある人なのだから、
まことに、ばーちゃんの態度は正しかった。偉かった。
……と書いた以上、じーちゃんの良いエピソードも何か欲しいのだが
思い出すのは、なんといっても掃除のことばかりだった。
きょうの舅宅はひどい状態になっていて、とりわけ庭は密林のようだった。
あまりにも惨い有様で、雑草の太いのが私の背丈くらいに伸びていた。
主人と私は、若院さんが来られる時間までの間に、まず庭と玄関とを大掃除し、
そのあと主人は墓参りに出かけ、私は仏間の掃除をして法要に備えた。
じーちゃんが掃除に出てきている気配は全くなかった。
まる6年も過ぎて、じーちゃんもとうとうサジを投げたのか。
このところ私も夢枕に立たれた覚えはなく、
あの世からの指令も、爆睡していたのかちゃんと聞いていなかった。
すみません、じーちゃん。
私はじーちゃんから、随分いろいろと家事を伝授して貰ったのに
気づいたら相変わらずあまり実行できてませんでした。
不出来な嫁で申し訳ありませんっ
怒ってますか。いや普通怒りますよね。そーですよね。やっぱり(逃)。
ちなみに私は、午前中からの掃除で疲れ過ぎて、
冷房のきいた仏間で法要が始まると間もなく、
お経を聞きながら、うっとりと、この世ならぬ有り難い気分になり、
次の瞬間、ハっとした。
危ういところだった(汗)。