雨の予報だったが、朝はまだ大したことはなかった。
午前中は、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番第2楽章を
セカンドを弾いてくれる友人と合わせるため、某楽器店のレッスン室に行った。
今度の日曜日が、この二台ピアノの本番なので、
きょうがたぶん、合わせとしては最後の練習日になりそうだった。
バックハウスと、フー・ツォンとが、それぞれソリストを務めているCDを
このところ代わる代わる聴いていたのだが、
本当にああいう演奏家は「神の手と耳」を持っている、としみじみわかった。
じっくりと聴き入らせる、このうえなくきめ細やかでたっぷりとした演奏なのに、
実際のテンポは、少なくとも私にしてみれば、思いがけないほど速かったからだ。
ちょっと聴いたくらいではそれはわからなかったが、手を動かしてみて痛感した。
彼らの演奏から受ける印象と、現実のテンポは、私から見れば全く別のものだった。
技巧的には曲が曲だから、速くて指がまわらないという問題は素人でもほぼ無いが、
それでも、私がもし彼らのテンポで弾いたら、まず間違いなく、
曲全体の印象はセカセカした、次々と先を急ぐようなものになってしまうだろう。
では心ゆくまでゆっくりと弾けば、私でも余裕を持って様々なことが出来るのかというと、
これほどに音数の少ない曲を遅く弾こうものなら、とてもじゃないが間が保たない。
音のない部分の「演奏」に耐えるなど、ド素人にそうそう出来るものではないのだ。
こんな有様で、もう数日後に迫った日曜日に、なんとかなるものだろうか(汗)。
しかし勿論、なんとかならなくても、いっこうに構わないのだ。
これは純粋に、楽しいから弾いている、趣味のピアノなのだから。
要は、自分が少しばかり納得したいと思っていて、それが叶うかどうか、という話なのだ。
そして、本番がどうなるものであれ、ここまで練習してみたことによって、
この曲を、ただ聴いてだけいたときとは違った感覚で味わったり、
自分なりに考えたりする機会が得られたのは、本当に幸せなことだった。
当日は、そういう雰囲気がいくらかでも出せればいいなあと思っている。
……と綺麗にまとめたいところだが、私は今、稽古とは別の、姑息な準備に余念が無い。
暗譜など出来ていないし、もとより出来るとも思っていなかったから、
私は先だって、楽譜のコピーを取り、ページをめくるタイミングを考えて、
自分に都合の良いように製本した。
そしてきょう、臨時記号が出没している箇所を改めてひとつひとつ確認し、
忘れそうなところは、念のため♭や♮を自分でも書き入れ、
装飾音やトリルがややこしいと感じる部分については、余白に一音一音書き出した。
それから、譜めくりに手間取らないように、ページの端を補強&加工し、
当日アガって、めくるのを忘れてドツボになってはいけないから、
『(ここで)めくる』と蛍光ペンで譜めくりのタイミングも書き込んだ。
人には見せられない楽譜だね(汗)。
そういえば、ポゴレリチの楽譜には意味のわからない書き込みがたくさんある、
ということを、以前、目撃者の証言(笑)として小耳に挟んだことがあるのだが、
彼は一体、何語で、どのようなことを書いているのだろうな。