明日4月2日は、忌野清志郎の誕生日だ。還暦だ。
「ロックじゅう歳」と、mixiの清志郎コミュに出ていた。
清志郎は、今の日本をどう思うだろう。
こういうとき、彼は詞や曲を書くだろうか。
書くとしたら、どのような。
88年に清志郎(RCサクセション)が出したCD『COVERS』の中に、
反・原発の曲『Summer Time Blues』があったために、
忌野清志郎の名が、最近は新しい方面から再度注目されているそうだ。
確かにあの曲は、どう見ても「原発反対」を訴えている内容だ。
しかし私は、ファンとしては正直なところ、こんなときに、
「先を見通していた」などと彼が持ち上げられるのは、あまり愉快ではない。
当時を共有したファン同士が、特別な感慨を持つのはまだわかるが、
今回の原発事故で放射能が怖くなった人たちが、たまたま、
清志郎の歌の中に都合の良いものがあると知って、その部分だけを褒めそやしている、
という雰囲気には、私はどうしても、
「ほらね。やっぱり清志郎は偉かったでしょ、彼の言った通りになったでしょ」
などとは言えないものを感じている。
心狭いファンだろうかね。御免よ。
清志郎は断じて、昔からのファンだけのものではない、とわかっているのだけど。
『Summer Time Blues』の収録されていたアルバム『COVERS』は、
88年当時の所属会社だった東芝EMIから、土壇場になって発売中止にされ
(88年『COVERS』発売中止の話)、
そのあと清志郎は今度は、『原発賛成音頭』という皮肉な一曲を作っている。
(サマータイムブルース 原発賛成音頭 Bye-Bye-Timers(YouTube))
彼らはまた、89年のヒロシマ平和コンサートに来たとき
(このときはRCサクセションではなかった。覆面バンドTimersだった。
だからこれは清志郎本人ではなく、激似の「ゼリー」という別人という設定だった)、
♪ギゼンシャは歌うよ 世界の平和のために(ヘイワ ヘイワ ヘイワ へイワ)
♪リカイシャはいないよ 出てくるやつらはみんなギゼンシャ
と歌った。
平和を祈るミュージシャンたちが集まる祭典で、だ。
「放射能浴びて死ぬぐらいなら麻薬中毒で死んだ方がましだぜ」
とも言った。
被爆者や、遺族、子孫の住む街で、だ(苦笑)。
その根底には一貫して『反体制』という姿勢があったけれども、
表現方法において、忌野清志郎は、まことに、一筋縄では行かない人だった。
彼の選んだテーマは、どれも単にパーツだったのだと私は思っている。
何であれ、自分が今考え、言おうと思ったことを、言いたいように言える、
いつだってそのような世の中でなくちゃダメだ、オレは黙ってないぞ、と。
言いたかったのはむしろそっちではないかと私は想像しているのだ。
いずれにしても、清志郎本人の言葉や彼の表現したものは、
残されているディスクや書籍などの記録の中にしか、既に存在しない。
ファンとしての私は、それはそのまま、もう、いじらないで欲しいと思っている。
「清志郎が生きていたら、こう言ったに違いない」
と、今、それぞれが(私自身も含めて)思いを巡らすことは自由なのだが、
そこに得手勝手に各自の主張がくっつけられて、
公の発言に引用されたり、運動のシンボルにされたりするのを見聞きすると、
清志郎が利用されている感じがして、私は愉快でないのだ。
その主張をしているのは飽くまでもアナタであって、清志郎ではないよ、
だって清志郎はもう居ないんだから、……と言いたいものがある。
利用する自覚を持ってやっているならまだしも、まったくの善意で、
「ファンの人も当然喜んでくれるだろう」
などという感覚で清志郎を『使用』されるのを見ると、私には嫌悪感しかない。
なんて粗雑な感覚なんだ、と。