
天気が良いようだったので、朝からバスで竹原に行って来た。
私は前から、頼山陽の関係の史跡を辿ってみたいと考えていたのだが、
先日、ふと気づくと主人が竹原の案内パンフレットを眺めていて、
訊いてみたら「蕎麦、食いに行きたいなあと思って」と言うので、
それなら一緒に行こうかという話になったのだ。
主人も私も、竹原に行きたがっているのは自分だけだと思っていたが、
話は聞いてみなければわからないものだ(笑)。
芸陽バス『かぐや姫』号に乗れば、広島駅―竹原駅が一時間ほどで、
しかもその大半は山陽自動車道をノンストップで走行するので、
とても快適で、あっという間だった。
竹原駅前で降りて、商店街を抜けて町並保存地区のほうに行くと、
最初に目につくのが、本川のそばに建てられている頼山陽像で、
「鞭聲粛々夜過河」の漢詩の刻まれた石碑もあった。
頼山陽本人は主として広島城下の育ちで、
名を挙げたのは成人して京都に出てからだったが、
頼家はもともと竹原の出であり、市内には今も山陽の祖父や叔父の住居跡があり、
山陽も存命中には、たびたびこの地を訪れた記録がある。