
きょうは最近にしては暖かい日だと感じるのだが、
そのせいか逆に私は、どうもあまり元気が出ない。
なんだかお腹がごろごろ言っているし(私の不調は常にコレだ)、
気怠いし眠いしで、今すぐにでも居眠りできそうな気分だ。
さて、1月も下旬となり、ラジオ語学講座の2月号テキストが揃った。
後期6か月も既に半分以上終わってしまい、2月と3月を残すのみとなった。
やはり『ラジオ英会話』からは脱落した(恥)。
フランス語はお陰様で楽しくやれている。
初級編は文法事項が進んできて良い復習になっているし、
応用編は今の私にはかなり負荷がかかって、それもまたほどよく感じている。
中国語は、まだまだ音程を取るのが難しい、という感じだ。
自分は極端に音痴なんじゃないかと改めて心配になるくらい、
声調を正確に把握することが、毎回とても難しい。
そして、そうやって四声に気を取られ、
さらに有気音・無気音などの区別にも迷うことが多いものだから、
今のところ、完全にピンイン(ローマ字表記的なもの)に頼り切りだ。
もし簡体字だけで書かれていたら、今の私は相変わらず、
どんな中国語もほとんど読めないだろう。
漢字には全部ルビをふって貰わないと日本語が読めない、
という感じに近いのではないかと思う。
せめて、これまでに習った中国語だけでも、
ピンインなしで迷わず読めるようになりたいものだ。
それにはもっと復習をせねばならないのだ。わかっているのだ(苦笑)。
しかし、中国語を始めて、まがりなりにも四声の概念を知ったことで、
漢詩の平仄の決まりごとを、面白く感じ取れるようになった。
先日も、先生が、「平声」「上声」「去声」「入声」の、
それぞれの上がり下がりについて説明をして下さったとき、
「なるほど中古漢語の四声はそうなっていたのか」
と現代中国語との違いを考えながら聞けたのは、自分としては収穫だった。
漢詩の会では、今年は李白が主体なのだが、合間に白楽天の『長恨歌』を
ときどき、先生の気分次第で(笑)読むことになっている。
それで先日、『額田女王』を読んでちょうど井上靖に馴染んだところだったので、
『長恨歌』に関連して、数日前から井上靖『楊貴妃伝』を読み始めた。
『長恨歌』そのほか漢籍からの引用が随所にあり、
文体も漢語を強く意識したものになっていて、漢詩趣味の方向から読むと
大変に面白い小説だということがわかった。
楊貴妃の逸話を私は詳しく知っているわけではなかったし、
『安禄山の変』についても、李白や杜甫の生涯の中で触れられる出来事として
本当に漠然としか理解していなかったので、
この『楊貴妃伝』という小説は、今出会うことができて本当に良かったと思った。
ただ、この本はやや不親切で、人名や地名など、
最初に出てきたときにはルビが振ってあるのだが、
二度目以降には読み方が書かれていない。
何しろ、誰も彼もが中国人で、多くは当用漢字じゃない名前を持っているものだから、
お久しぶりな登場人物だと私は名前が読めず、えっと、ヨウなんとかさん?状態。
我流で読んで別人にしてしまうわけにはいかないし、仕方がないから、
その人の初登場場面に戻って確認しようとするのだが、
問題の初登場シーンがまた、どのへんだったか容易に思い出せなかったりする。
それで懲りて、今では、意味ありげな登場人物が出て来ると、
読み仮名のある最初の段階で覚えるよう、繰り返し名前を言って暗記に努めている。
老化防止のトレーニングをさせられている気分だ(汗)。
ちなみに、楊貴妃の「貴妃」というのは、皇帝の寵を受ける女性の地位のうちで、
「皇后」に次ぐ二番目の立場のものを言うのだそうだ。
そういえば、たかこ(和央ようか)さんの演じた茶々は、『天涯の貴妃』だった。
茶々は秀吉の正室ではなく、少なくとも二番目である側室の立場だったから。