化粧など しなくて良いものなら | 転妻よしこの道楽日記

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本当はなりたい「すっぴん美人」(独女通信@livedoor)

上の文章を読み、お化粧することを面倒だと思っている女性は、
案外多いのだな、と私にしてはひとつ発見した思いだった。
私は現在、滅多に化粧をしない人間なのだが、
私以外の大半の女性は、家から出るときにはメイクしているようなので
皆、お化粧が基本的には好きなのかと思っていたのだ。

私が化粧をするのは『人に会うことがわかっている外出のとき』だけだ。
人に会う予定のない外出、つまり買い物などの用足し程度のことは、
常に素顔のままで出かけている。
断っておくが、私が化粧をしないのは『すっぴん美人』だからではない。
というか、そもそも、塗ったって私は別に大したモノになりはしない。
塗ろうが塗るまいが、私本人のレベルは同じくらいに低いのだ。
ただ社会通念として、全く化粧をしない中年女は稀だろうから、
一応私も、「最低限は塗ってます」という雰囲気を作っているだけだ。

そもそも私が嫌いなのは、自分の顔にモノを塗りたくる感触だ。
ファンデーションをつけるのが、とりわけ気色悪い。
そうやってさんざん塗りつけたものを、今度は夜にクレンジングで
ベトベトと落とさなくてはならないのが、これまたキモち悪い。
塗って・はがして、と繰り返すなど、肌をいじめているとしか思われない。

私の理想は、朝起きて石鹸で顔を洗い、ニベヤか何か、
そのへんの普通の乳液だけつけて、それで一日過ごすことだ。
夜もまた石鹸で洗って、同じ乳液で保湿して、そのまま寝るのがいい。
だから、現在はほとんど毎日をそうやって過ごしている。
化粧だけでなく、スキンケアと称して何段階もいろいろなものをつけるのも、
それだけでうっとうしいから、しない。

しかし日本の世の中には、『成人女性で化粧をしないのは社会人失格』
というのに近い感覚があるように思う。
以前、ネットの掲示板でも、化粧していない女性について、
『非常識である』『失礼だ』『あまりにもだらしがない』
という意味の意見や感想が書かれていたことがあった。
また、男性が朝、目覚めたとき、既に妻が化粧を済ませていることを、
見事な妻の心構えだとして、称賛した文章も読んだことがある。
夫に素顔を見せないくらいの妻を持つことは、男性の幸福であるようだ。
(だったら、うちの転夫は日本で五指に入るくらいの不幸者かもしれない。)

ファンデーションを塗らない肌は、つるつると光っていて、
化粧していないことは一目でわかるから、
私は、前述のように外出先で人に会うことになっているときだけは、
相手に不快感を与えないために、とりあえず塗って行く。
あとは眉毛を描いて、チークをはたく程度だ。
口唇炎になって以来、口紅が一番有害だと医師に言われたので、
最近はリップクリームも全部やめて、プロペトというワセリンを塗っている。
見た目がどうのより、唇がヒリヒリになるのはもう御免だからだ。

***************

しかし、以上の文章は「私が自分で自分の顔にモノを塗ること」の
気持ち悪さを語っただけであって、世の中の化粧全般を否定する話ではない。
私は、綺麗にメイクした美しい女性たちを眺めること自体は嫌いではない。
洗練されたメイクアップというものは現にあると思うし、
それだからこそメイクアップアーティストという職業も成り立つのだ。
時間をかけてお肌のお手入れをし、顔立ちを活かしたメイクをする女性を
私はオシャレで素敵だなあと思っている。

更に私は、メイクをする男性だって好きだ。
忌野清志郎もフレディ・マーキュリーも愛している。
UnmaskedよりメイクありのKISSのほうが私には強烈に魅力的だ。
ブルーノ・レオナルド・ゲルバーも素晴らしい。
化粧がなかったら、彼らはあれほど輝いてはいなかったかもしれないと思う
(DVD撮影の逸話としてポゴレリチが『お粉をはたかなきゃ』
という言い方をしていたのには笑った)。

一方で、化粧というものの内容や手順は、流行や時代を反映しているので
現在、基準とされているメイクの仕方は、案外寿命が短いかもしれないな、
ということも、時折、考えることがある。
数十年もあれば、化粧の仕方や、良いとされる仕上がり具合が
今とは随分、違ったものになる可能性があるだろうと思うのだ。
今でさえ、バブル期のような極太眉毛の女性は、もういない(^_^;)。

そういえば、小説『風と共に去りぬ』で、スカーレットが
「化粧品を買って来て頂戴」
と頼む場面があるのだが、この言葉を聞いたとき乳母のマミーは、
「あなた様がそんなに大きくなかったらムチでぶってやるところだ。
わしは、こんなにびっくりしたことはねえだ」
と言って、大反対をしている。
南部の淑女の間では、化粧をするのは下品な女だけと見なされていて、
「かわいい御嬢様がそんなものをつけているとみんなに知られたら、
わしは恥ずかしくて死んでしまいますだ」
とマミーは言っている。
このときのスカーレットは、既に結婚歴があり子供もいる女性だ。
それでもマミーは、スカーレットが口紅を使うことすら許さない。

魏志倭人伝には、『(倭人は)男子大小となく皆鯨面文身す』とあり、
どうも3世紀頃の日本の男は、大人も子供も、
顔や体に入れ墨をし、墨や朱や丹を塗っていたらしい。
21世紀の今では、赤や黒を顔に塗る男は普通の社会人ではないし、
刺青なんかがあろうものなら、温泉だってお断りなのに。
もっと時代が下ると、男女問わず「お歯黒」などというものもあった。
『平家物語』の平敦盛だって、熊谷次郎直実に討たれたとき、
「薄化粧・お歯黒」で美しかった、という意味の描写があったはずだ。
高校生くらいの男の子が命がけで戦場に行くのに、
メイクアップして歯まで染めていたとは、今なら奇抜過ぎて、どん引きだ。

色がついていることが必要だったり、あったら逆にマズかったりと、
人間が何をヨシとするかは、実によく移り変わるようだ。
とは言え、まあこの先、私のようなオバさんの手抜きノーメイクが、
再び市民権を得るようになるかどうかは、全然不明なんスけど(^_^;)。
ちなみにうちの主人は、私が何かの拍子に化粧などしていると、
「どしたんっ!?妙にハッキリした顔して!!」
と本気で驚く。いやはや。