じーちゃんが居なくなって以来、うちでは誰も喫煙しないので、
例えばピースひと箱はモトがいくらで、今日からからいくらに上がったのか、
全く実感として理解する機会がない。
「上司がタバコ2000箱注文したw お値段63万!!うひょー!!!」
というつぶやきが、昨日は大勢にリツィートされたそうだから、
このような桁ではないにしても、先月のうちにとりあえず買いだめした、
という人は多かったのだろう。
私自身はこれまで一度も喫煙したことがなく、
両親も全く喫煙しなかったので、
長い間、煙草がどういうものかは想像するしかなかったのだが、
就職してから、仕事場の男性方の煙草には悩まされるようになった。
なるほどこれはケムい、半日で咽喉に染みて来る、と知った。
20年近く前、まだ職場の禁煙などは、全く言われていない時代だった。
そしてその後、舅という、エントツそのものみたいな人間と同居した経験から、
一部の人種にとって、煙草がいかに偉大なものであるかを、
近年の私は、概念としては理解できるようになった。
別に私自身が煙草を愛するようになったということは、断じてなかったけれど。
今回の値上げを機会に禁煙せねばと考えた人もいただろうが、
うちの舅ほどの人間であれば、最終的には、
ほかの生活費を削ってでも煙草代にしたかもしれないと思う。
まあ多分、煙草代捻出のために、まずはパチンコに励んだだろうけど(爆)。
何しろ彼は、食道癌になっても転移性肺腫瘍の症状が出てきても、
絶対に禁煙だけはしなかった。食事ができなくても煙草は喫った。
禁煙したらそのストレスですぐ死ぬ、とまで言っていた。
食後の一服など、落ち着いて心ゆくまで味わう煙草というのは、
本当に神経が休まり、しみじみと「美味い」ものであるらしいので、
その楽しみを断たれる、或いは断たねばならないと考えることは、
喫煙者にとっては、本当につらいことだろうと思う。
あれほど美味い煙草のかわりになるものは、
おいそれとは見つからないのではないだろうか。
こういうとき、煙草の美味しさを最初から全く知らない者は強い。
喫煙の快楽と無縁であったかわりに、禁煙の苦しみも一生味わうことがない。
私は娘に、成人しても煙草には手を出してはいけない、と常々言っている。
あんな美味い(らしい)ものが、健康に悪く、周囲の人間に迷惑をかける、
というのだから、煙草というのは、なんという因果なものなのだろうか。
そうとわかっていながら喫煙の世界に飛び込むなど、
今となってはドラッグに手を出すのと同じくらい、無益なことだ。
しかし、それはともかくとして、舅を見ていて私は私なりに、
なんとか舅ひとりが煙草を満喫でき、私たちには害を及ぼさない、
という方法がないものかと、いろいろ考えてみたこともあった。
いっそ10億円ころころっと入ったら、煙の漏れない完全防煙喫煙室を作り、
舅にはそこに籠もって存分に喫煙して貰えばいいのではないか、とか。
しかし舅は私の考えを聞いて言った。
「わしゃ、喫煙室とか喫煙ルームとかいうのは、使わんよ。
くっさいんじゃけ。吐き気がするよ。
空気が綺麗でないと煙草が美味ぅないんよ」
なんやて!いちばん空気を汚してんのは誰やねん!
と私は関西弁でツッコミたいのを、かろうじて堪えたものだった。