「巨匠ゲルバー ベートーヴェン協奏曲を弾く!」 | 転妻よしこの道楽日記

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ブルーノ=レオナルド・ゲルバーがベートーヴェンを弾く、
というので、兵庫県立芸術文化センターまで行った。
オケは兵庫芸術文化センター管弦楽団、指揮は大山平一郎。

平日だというのに午後三時開演と書いてあり、
チケットを穴の空くほど見直したが、マチネに間違いないので
(ちなみにゲルバーは明日も弾くのだが、明日もやはり三時開演)、
『彼には今、三時の神様が降りてきているということか(^_^;)?』
と考えつつ、昼過ぎの新幹線で広島を出た。
着いてみると、普段の演奏会より明らかに年齢層高めだったが、
一階席に関しては九割方の入りで、音楽好きの聴衆という印象だった。

きょうの演奏会はベートーヴェンの協奏曲の1番と5番で、
明日引き続いて、2番3番4番が演奏されることになっている。
協奏曲全曲演奏となると、内容の重いのが4番と5番だろうから、
それを両日に分けた、という意図かなと私は勝手に解釈した。
ゲルバーを愛する私としては、本当のところ二日とも聴きたかったが、
選ぶならやはり5番は外せないだろうと考え、きょうにした。
私はこの『皇帝』という協奏曲が、ことのほか気に入っているのだ。
知っている限りのピアノ協奏曲の中でベスト3に入るほど好きだ。

私はベートーヴェンという作曲家も非常に好きで、
それはベートーヴェンの曲に宿る、首尾一貫した強さとか、
強烈な自己顕示、それらと裏腹な繊細な内気さ、みたいなものが、
生理的に、今の自分が聴きたいものと合致しているからだと思うのだが、
考えてみるとゲルバーというピアニストも、その通りの人なのだった。
ゲルバーの表現は、揺るぎない意志の強さが中心を貫いていて、
人を振り向かせずにおかないような華やかさがふんだんにあり、
それと同時に、内省的なデリカシーも随所に感じられるのだ。

「もし死ぬまでひとりの作曲家しか弾いてはいけないと言われたら、
ベートーヴェンを選ぶ」、とゲルバーは以前発言していたそうだ。
ゲルバーは何を弾いても超一流だと、私は常々思っているが、
それでも、やはり彼のベートーヴェンは格別だときょうは改めて感じた。
ゲルバーがどれほどベートーヴェンを大切に弾いてきたかが、
とてもよくわかる演奏会だった。

明日を聴けないのが、本当に残念だ。


追記:それにしても、たとえ平日昼に開演だろうと、
予定通り出てきて予定通り演奏してくれることに、
なんの不安もない演奏家というのは、実にいいなぁと思った。
先月ポゴレリチに振り回された後だからして(逃)。