桜木涼介さんは、ピアフの恋人マルセル。
若いボクサーで、ピアフの憂鬱を吹き飛ばす明るさを持ち、
まっすぐに彼女を愛して、包み込む存在なのだが、
出てきた瞬間に、もう、死亡フラグが立っていた(爆)。
「これは死ぬ、長くない」、と私は思った(殴)。
勿論、ピアフの人生を私は概略、知ってはいるのだが、
それとは別にして、このマルセルは一瞬で散る人だという雰囲気が、
最初から、明確にあった。
ピアフの恋人としての、幸せな瞬間の芝居なのに、
明瞭に結末が暗示されていて、桜木さんの巧いところだと思った。
今回は振付でもご活躍になっているのだが、
私は省みると、随分とあちこちで、
この方の振付作品には既にこれまでにも出会っているようだった。
同じ恋人役でも、生命力に溢れているのが宮川浩さんのジャン・ギャバン、
ディートリッヒの愛人となったフランス人俳優だ。
彼はディートリッヒとの、どう見ても先行きのない愛に身を投じていて、
辛さに耐えかねたとき戦争になり、フランスのために闘う決意をするが、
マルセルと違い、こちらは全然、死にそうな気配が無かった。
事実、彼の、ディートリッヒとの決別は戦後のことだ。
何かというとディートリッヒに向かって吠えているような人なのに、
破壊的な感じはしなくて、客席にいて彼の熱さを肯定的に感じられたのは、
宮川さんならではの役作りなのだろうなと、思ったりした。
ディートリッヒの娘マリア役の麻尋えりかさんは、宝塚出身だ。
最初の場面で、私は実は、設定も何も理解していなかったので、
麻尋さん扮するマリアが、たかこさんのディートリッヒに向かって、
「ママ!」と呼びかけたときは、不意打ちで、ギョっとした(殴)。
今陽子さんのヨゼフィーネと、ディートリッヒの、
母娘の会話を聞いた直後だったので、
私の中ではディートリッヒは「娘」という認識しか無かったのだ。
総じて、たかこさんの演技の質の問題もあって、
ディートリッヒとマリアは、およそ母娘には、私には見えなかった。
だが、マリアの方は、一幕と二幕の間に、確実に15年分の経験をしていて、
母とその愛人の間で、複雑な気持ちを抱きながら過ごした少女時代から、
やがて母を理解し支援さえする大人の女性に成長した彼女の軌跡が、
私には十分に想像できた。
ところで私は英文学科出身のくせにヘミングウェイを全然読んでいなくて、
今回のパパ・ヘミングウェイに関しては、横内正さんのイメージを、
ほぼ全面的に受け入れて観ることになった。
男性として、ディートリッヒに心惹かれた瞬間が、
なくはなかったけれども、それをバランス感覚と大人の理性とで、
実にうまくコントロールして、激情に流されることがなかった、
・・・というあたりが、とても私には魅力的に映った。
観客に対する語り手であり、自由に舞台の時間の中にも現れ、
声に、なんともいえない「慈愛」みたいな豊かな響きがあった。
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東京公演時に吉田都さんが踊られた『平和の天使』は、
大阪公演では山井絵里奈さんが踊ってらしたのだが、
クラシックの技法がふんだんに取り入れられた繊細なバレエだった。
たかこさんのディートリッヒの存在感について、
「実体のない幻想。平和を祈る皆が共有した夢」、
というように見えた、とさきほど書いたけれども、
本当は、劇中でその役を担っていたのは、この踊りのほうだった。
観ながら、もし『ダイアナとアクティオン』のダイアナが、
飛ぶパをやめたら、案外こんな感じになるのではないか、
などと、ちょっと方向違いの想像も、してしまった。