浅田真央は挑戦した「金より立派」これだけの理由(J-Castテレビ見朱蘭)
上記サイトには、バンクーバーのフィギュア女子フリーに関して、
NHKの映像をもとにした「黄蘭」氏による論評が出ているのだが、
中に、ななななんと、ポゴレリチのこととしか思われない言及があり、
私は、それこそ口から心臓が飛び出しそうなほどビックリした。
主旨としては、『浅田選手は敢えて危険な賭けをし、挑戦し、
結果は敗れたけれども、無難に金メダルを取るより立派だった』
ということが言いたい文章で、私はそれについては意見は今書かないが、
問題なのは、同じようなことが起こり得る場の例として、
ピアノのコンクールが挙げられていることだ。
減点されない、審査員受けの良い演奏を徹底して行った者が優勝するが、
そのような覇者は、後々、演奏家として大成しない、と。そして、
『かつてショパンコンクールで超個性的・挑戦的な青年が3次で落ちた。怒った審査員のマルタ・アルへリッチは、席を蹴立てて審査員を降りた。その青年は落選したことで有名になり、元々実力があったから、今や大演奏家である。その時の優勝者は消えてしまって名前も知らない。』
これって、知ってる人なら全員すぐわかる逸話で、
「3次で落ちた」のがイーヴォ・ポゴレリチで、
「その時の優勝者」がダン・タイ・ソンですよね!??
私は、現在進行形の、非常にシツコいポゴ・ファンとして
敢えて本当のことを言うが、ポゴレリチのほうこそ、
今、「消えてしまって名前も知らない」演奏家に近いと思う
(ヨーロッパでの評価は別にして、少なくとも日本とアメリカでは)。
彼の名や演奏をよく知っているのは、80年代から90年代にかけて
クラシックを熱心に聴いた人たちが中心なのであって、
それ以降の若い世代の聴き手にしてみれば、
ポゴレリチなどというのは、全く正体不明のピアニストだと思う。
また、その第10回コンクールの覇者ダン・タイ・ソンは、
断じて、無欠点主義のつまらない演奏家などではないし、
現在、それこそ大演奏家だ。
傑出したショパン弾きとしてのダン・タイ・ソンの名さえ認識していない、
などというピアノ・ファンがいるとしたら、
その人は『ピアノは大好きだがショパンは聴いたことがない』
というのに等しいくらい、ケッタイな存在だと私は判断する。
ポゴレリチが、コンクール枠内での評価を得られなかったのは事実だし、
それがコンクールというシステムの、限界でもあったと私も思っている。
予選落ちという、本来なら問題にもして貰えない経歴でありながら、
その後にポゴレリチが、世界的な演奏家になったのも本当だ。
それを可能にしたのは彼の個性的な演奏だった、という点にも同意する。
しかしそうした部分だけを都合良く引っ張ってきて、
『敗れた者こそ実は偉大で、優勝した者は点取りが巧いだけの凡才だ』
などという乱暴な一般化や強引な我田引水をやられては困るのだ。
まったく、変なところで得手勝手な引用をしないで欲しい、
とつくづく思った一件だった。
ポゴレリチの熱いファンとしても非常に迷惑だ(--#)。