仮装ぴあにすと様が、ショパンの前奏曲作品28の21番から24番を
近々、御自身で演奏なさることが決まっていて、それに関連して、
ポゴレリチの同四曲の演奏の話をブログで取り上げて下さっている。
2010年2月15日 ポゴレリチのプレリュード(~Agiato で Agitato に~)
1980年第10回ショパン・コンクールに出場した際に、ポゴレリチは、
課題となっていた前奏曲集の中から21番~24番を選択しており、
また、89年には『24の前奏曲』として全曲を録音もしている。
同じ4曲でも、両者ではいろいろと異なっている点があり興味深いのだが、
これは年月によって変化したものという以前に、
コンセプトそのものが違っているのだと私は思う。
4曲だけを取り出して、演奏曲目の中の一区切りとして扱う場合と、
24曲全体を通してひとつの流れを構成するときとでは、
どこをどう弾いて聴かせるかが違うのは、自然なことだろう。
この80年のコンクール時の演奏は、4曲で「起承転結」、
或いは「1楽章・2楽章・3楽章・4楽章」だったと私は思っている。
21番は、それ以前の20番までの前提のない「開始」であり、かつ、
24番という「行く先」「帰結」が設定された「語り始め」でもあった。
それでもかなりゆっくりした、夜想曲の始まりみたいな弾き方だが、
89年のCDのほうでは、21番は、驚くなかれ、更に遅い。
20番のハ短調の和音の連続があった以上、そこから覚醒するのには、
それなりの時間が必要だ、とでも言うかのような、
深いところから静かに立ち上って来る21番なのだ。
コンクールの、4曲の流れの中で演奏される23番が異様に遅いテンポで、
しかも消え入るようなタッチでひとつひとつ音が重ねられて行くのは、
四つでひとまとまりの楽曲の「3楽章」にあたるものだからであり、
同時に、終曲24番の一気呵成の迫力を際だたせるための、
『嵐の前の静けさ』の効果を狙ったものでもあったからだと思う。
89年録音の『24の前奏曲』中の一曲として弾かれている23番を聴けば、
その果たす役割が全く違うことが感じられると思うのだ。
私は、80年当時のポゴレリチが、もし『24の前奏曲』として
全曲を弾いたら、どんな演奏になっていただろう、ということを
ときどき、とりとめもなく妄想するのだが、実はポゴレリチは、
ワルシャワの直前、80年6月にモントリオールで優勝した時点で、
まだ、この前奏曲四曲は、全くの手つかずであったのだそうだ
(米国Clavier1982年1月号インタビュー記事による)。
このときの前奏曲4曲は、7月から9月までの3ヵ月ほどで仕上げたもので、
さらにそのほか、バラード2番とマズルカ作品59も全く出来ておらず、
まるで夏休みの宿題が終わらない生徒のように、ポゴレリチは、
モントリオールのあとワルシャワまで、連日シヌほど稽古したのだそうだ。
本人談『海にも行けず』。
そんな突貫工事で完成させた曲を、今になってこうして聴くのは、
なかなか感慨深いものがあるなあと、改めて思った。
それにしても、このコンクール映像の椅子には目がクギヅケだ。
彼の直前に弾いたエヴァ・ポブウォッカは普通の椅子だった筈だが、
ポゴレリチは高さか材質か、何にこだわったか知らないが、
ピアノ椅子には見えないようなものを使って弾いているようだ。
一体、どこから持って来たのだろう。
*****************
ところで、演奏には全然関係がないのだが、このコンクール時の、
若きポゴレリチの服装や態度を映像で見ると、
私は、昨今話題の、某オリンピック選手を連想せずにいられない。
ポゴレリチの、コンクールに不似合いな、着崩した普段着シャツや、
表彰式のステージに上がってもガムを噛んでいた態度などは、
純然たる「自己表現」というより、「これ見よがし」に近かったと思う。
それによって眉をひそめる「上層部」の様子が、彼には痛快であった筈だ。
そして事態は恐らく本人が望んだ通りになり、
彼に対し不愉快さを露わにした審査員や識者が多かったにも関わらず、
最後には圧倒的な観客の支持がすべてを決定した。
演奏が魅力的でありさえすれば、礼儀も社会常識も二の次で良い、
というのが、このときのコンクールの(聴衆が出した)結論だった。
こういう「目立ちたがりの、わざと」な服装や言動を、
十代で卒業しなかった人は、多分、その後も一生やると思うので、
私は個人的な場面では、そのような人に心惹かれることは少ないが、
もともと芸術家の価値は、本人の外見や言動にではなく、
その人の生み出す作品やパフォーマンスのみにある、
ということもまた私が常々思っていることだ。
その芸術作品や演奏が希有なものであるなら、それを構築した人間が、
人格高潔だろうが凶悪犯罪者だろうが、私にはどうでも良いことだ。
だが、そう考えるとき、ではオリンピックの価値基準はどこにあるのか、
と私は釈然としない思いに捕らわれてしまう。
選手本人が、仮にだが、下品だったり堕落したりしていても、
究極的には結果さえ出せれば立派だと、JOC(や観客)は認めるのか、
それとも、競技内容以前に、あるいはそれと同等に、
フォーマルな場で相応しい行動ができるかどうかを重視するのか。
もし前者であるなら、競技前に服装を咎めて処分などするのは余計だし、
後者であるなら、そもそも出場そのものを認めるべきではなかっただろう。
懲罰的に開会式には出席させないが、競技には予定通り出場させる、
という今回の措置は、私にはどうもよく意味がわからない。
ちなみに、22歳だったイーヴォ・ポゴレリチは、
『著しく良識に反する若者』と世界中に報道されたが、
「反省してまーす」とは言わなかった。
「私のイメージは誤解です。
間違った、ただひとつの先入観が世界中を駆けめぐり、
その見方でしか見られないのは、ひどく不愉快なことです」
と言った。絞めてやりたいと思いませんか。