数日前、『大映テレビの研究』(竹内義和・ぶんか社97年)を
読んでいたら、その中の「第七章 大映テレビ的なものの研究」で、
森 由岐子という漫画家のことが紹介されていた。
彼女は貸本時代から活躍している、
怪談漫画界のプリンセスと異名を取る存在だそうなのだが、
私は今まで知らなかった。
これが、もう、なんとも、いろいろな意味で、物凄かったのだ。
私は今まで、これほどの怪奇漫画に出会ったことがなかった。
私は眠れないほど圧倒されてしまい、我慢できずに古書を検索し、
昨日、とうとう、彼女の作品集を購入してしまった。
彼女の漫画はどれもこれもタダゴトでないテンションなのだが、
中でも出色なのは、やはり、竹内氏も触れていらした、
『魔怪わらべの唄』という怪奇漫画だった。
これは金字塔と言って良いと思う。
狙って描けるようなものではない。
間違いなく彼女は天才だ。
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主人公の糸井あずさ(19歳。OL)は、
点描と星を背負って行動する、洗練された美人だ。
そんな彼女のもうひとつの顔は、新興宗教の勧誘員。
彼女はある日、郊外のごく普通の一軒家を訪ね、
例によって自分の信じる神について語ろうとするのだが、
その家の頑なな主婦を相手に、一時間も熱弁を振るった挙げ句、
なんとなんと、トイレに行きたくなってしまう。
「あの、すみません、トイレを貸して下さい」
「トイレですって!?お断りします!!」
「ごめんなさい、もう我慢できないんです」
「どこかほかで借りて下さいな、うちは絶対にお断りです!」
と押し問答をしているうちにも、あずさは限界に近づき、
「ああ、もう我慢できない、ちょっと失礼」
と、許可されてもいないのに勝手に家に上がり込み、
「やめて下さい、失礼な」
と押しとどめようとする主婦を無理矢理振り切り、
「ごめんなさい、ほんとに我慢ができないんです」
とスカートを押さえながら、
「ああ……、もう、もれそう」(爆)
それから延々10ページ以上にも渡って、
あずさはこの家をくまなく走り回り、二階まで上がって、
トイレを探すのだが、キショクの悪い子供たちがいただけで、
肝心のトイレが全然見つからない。ついに、
「ない!トイレがない、どこにもない!この家にはトイレがない!」
と1ページの大ゴマ全部を使って絶望する、あずさ。
結局、死にそうになってこの家を飛び出し、近くの草むらで用を足し、
「こんな恥ずかしい思いをしたのは、生まれて初めてです……」
数日後、あずさはボーイフレンドでルポライターの正木に
この家での出来事を語る。
「トイレがないなんておかしいと思わない?
一体あの家族はどこで用を足しているのかしら?」
「風呂場でやってんじゃないか?」
あずさはこれを聞いて青ざめ、
「そういえば、あの家、風呂場も台所もなかったわ!」
……って、そこ!?
風呂場も台所も、トイレもない、家。
「そんな話が信じられるものか!」
「正木さん、……もしも事実だったら、あなた、このことどう思う?」
「事実であったら……」
額にタテ線の入る正木。
「大変な記事になる……」
……うぅむ(^_^;。
あずさと正木は、このままにしておけないと思い、
近所で聞き込みを開始するが、どうも情報が集まらない。
誰も、その家のことはよく知らないのだった。
ますます怪しい。
「なんとかあの家に入り込める方法は、ないかな」
と考え込む正木。
ふたりはそれから、あれこれと知恵を出し合い、話し合って、
結局、「(ト書き)強引なセールスマンを装って中に入り込み、
あずさと同じように、トイレトイレと部屋中探し回っては、
……と同じパターンを繰り返すことにした」。
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結末がどうなったかは書かない(ほうが良いだろうと思う)ので、
ご興味がおありの方は、「森 由岐子」で検索して、
古本などをお探しになって下さい。
ところで、これを読んでハナが出るほど笑ったところで、
私は、そういえば、とひとつ思い出したことがあった。
学生時代、下宿で、これと微かに似た一件があったのだ。
それは春先の、よく晴れた暖かい午後のことだった。
下宿棟の玄関に人が来て、下級生が応対に出た。
私は部屋にいて、よく話の内容は聞こえなかったが、
友人知人が訪ねてきたという気配ではなかったし、
しばらく押し問答みたいな雰囲気が続いていたので、出てみた。
すると、開けっ放しになった玄関ドアに、パンプスが脱いであり、
誰かが、下宿廊下の共同トイレに入っていた。下級生が私を見て、
「あのー、なんか、行商やってる占いのヒトなんですけど、
占ってくれると言うんですが、要らないですって言ってたら、
急にトイレに行きたくなったってことで……」
と困惑顔で言った。
しばらくして、ザーっと流して出てきた占い師さんは、
フツーの女のヒトで、私たちに、助かりましたと礼を述べ、
お礼に無料で占ってあげますと言った。
どんだけ占いたいんか(--#)。
下級生と私とで、丁重にお断りしてお引き取り願ったものだった。
うちにはトイレがあったので(?)、以後、このヒトは
ボーイフレンドをつれてもう一度来たりは、勿論しなかった。