昼食のために帰宅した主人が、テレビを点けたら
BSでアニメ『海のトリトン』第一回を放映していた。
私にとっては、とにかく主題歌がめちゃめちゃ格好いい、
という印象が、昔からあったのだが、今回初めて観てみたら、
私が漠然とイメージしていたような、
胸躍る、少年トリトンの冒険物語ではなくて、
もっと、おどろおどろしい雰囲気を持つ話だったとわかった。
トリトンは赤ん坊のとき、漁師の一平じいさんに拾われ、育てられたが、
その緑色の髪のために、不吉な子供だと村人からは嫌がられていた。
トリトン本人も次第に自分の出生に疑問を持つようになったが、
一平じいさんは『お前はうちの子だ』と言うばかりで、
何も話してくれなかった。
夫「おじーさんも、髪染めて緑色にしときゃ父子で通ったのにねー」
私「トリトンが物心つく前にな(汗)」
夫「にしても、どーして、トリトンなんて名前にしたんだろうか」
そういえば、そうだ。
トリトンは、実は海棲人類トリトン族の最後の生き残りなのだが、
そんなことを知るワケない一平じいさん(←自分、日本人)が、
どうして拾った赤子を「トリトン」と名付けたのか。
しかも、トリトン族の子に向かって「トリトン」って、
ミャオ族の少年の名が「ミャオ」ってくらいの分かりやすさ。
トリトンの鮮やかな緑の髪は、あまりにも人目を引き、
中でも村のオトヨばあさんは、彼を忌み嫌っていた。
このおばあさんは一見してわかる「いぢわる」キャラで、
ときどき、顔にも体にも不気味な縦線が入るという怖さだった。
オトヨばあさんは嫌悪感を隠そうともせず、
「お前の緑の髪は嫌いだよ」とトリトンに言い、
村の子供達にはトリトンと遊ばないように申し渡した。
夫「やれやれ。あと30年経てば、緑の頭もフツーになるのに」
私「まあ確かに、今、本通りでも見るよね」
夫「あでも、やっぱり差別は受けるけどね」
少年トリトンは、海で出会った白いイルカのルカーから、
自分の出生の秘密を聞かされ、
自分がトリトン族の生き残りであるために、
ポセイドン族から命を狙われる運命だということを知った。
尤も、『トリトン族の子供だ』と聞かされたときの、トリトンの驚き方は、
『総理大臣の息子です』と言われた程度のものだったが。
ともあれ、自分が誰であるかを初めて理解したトリトンは、
ポセイドン族が自分を追って村にやって来たら、自分のせいで、
一平じいさん初め村の人々を危険なめにあわせることになる、
と考え、皆に別れを告げることもないまま、
ルカーに連れられ、村を離れ、大海原へと出て行くのだった。
横から合いの手を入れるヒトがいなかったら、
この話は私に、もっと不気味な印象を残したかもしれなかった。
『妖怪人間ベム』は絵柄からして怖かったものだが、
『海のトリトン』はもっと心理の奥深いところの不気味さがあった。
それでも、怖いのはたまたま第一回がそういう雰囲気になっただけで、
トリトンは、自分を狙う悪の組織であるポセイドン一族と闘うため、
これから、たったひとり、壮大な海へ、冒険の旅に出ることになるのだ、
・・・と私は思った。
しかし、アニメ版『海のトリトン』の最終回は、
そのような冒険劇にありがちな結末とは、懸け離れた暗いものであることを、
私は、午後、ネットで調べて知った。