カイロやめてロンドン | 転妻よしこの道楽日記

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「なぜ私は英語を学ぶのが楽しいか」
というテーマで、中3の娘が、200語の英作文を書いていた。
学校の課題らしかった。
いくつかあるテーマの中で、それを選んだ以上、
娘は、英語を勉強することを楽しいと思っている、
のが前提だった。本当かよ(汗)。

出来上がった英作文は、英文としては大笑いな出来だったが、
娘の言いたいことは、だいたい、わかった(私だからこそ)。
娘は、エジプトで発掘されたミイラに大いに興味があり、
それを見るのに大英博物館へ行きたいがために、
今、英語を頑張っている、と書いていた。

「そんなにエジプト考古学にロマンを感じるんやったら、
ストレートに、カイロのエジプト考古学博物館に行けばいいやん、
ギザの三大ピラミッドも本物が観られるし」
と私は言ったが、娘は、中東の向こうまで行くのは怖いと言った。
「アラビア語なんか聞いたことないし、覚えられんだろうし、
砂漠の国ってのも想像がつかん。暑そうだし。よぅ行かんわ」
と娘は言った。
その点、ロンドンなら、そんなに東京と違うこともなかろうし、
英語をこれから頑張ってやれば、旅行できるようになるかもしれん、
というのが、娘の考えだった。

娘の英作文には、そのあたりのことが、拙く綴られていた。
まず、彼女のミイラ趣味の、コトの起こりは、
小学校3年生のときに私が買ってやった本『ミイラ物語』だそうだ。
それを読んで娘は、数千年前にエジプトにいた人間たちが、
ファラオを頂点とする社会を作っていて、文化を持っていて、
その頃の様子が、ミイラや副葬品を通じて、今の私たちに伝わっている、
と考え、なんか美形のツタンカーメンを想像したりもして、
時の流れに心打たれ、つまりウットリしたのだそうだ。

五十年前でも自分には大昔に思われるのに、
二千年前、三千年前、って、一体、どんな世界だっただろう。
ファラオの宮殿は黄金に輝き、きっと素晴らしかったに違いない。
ファラオたちの望んだ「よみがえり」とは別のかたちで、
21世紀の私たちがその姿を眺めることになるなどと、
彼らは一度でも想像したことがあっただろうか。
古代エジプトの村の人々は、家庭をつくって、大人達は働き、
子供達もそれを手伝い、勉強し、走り回って遊んだりもしただろうか。
人々はやはり些細なことで幸せになったり、嘆いたりしていただろうか。
ああ、行ってみたい。タイムマシンは無いものか。

という意味合いのことを、娘は思ったそうだ(もっと乏しい語彙で)。
それで、カイロを訪ねてみたいと最初は当然考えたのだが、
上記の理由で、エジプトは娘にとって遠過ぎ、あまりにも未知の世界で、
大人になったとしても、独りで行けるようになるとは、想像ができず、
それで娘はとりあえず、手近な図鑑を見て我慢しようとした。
そこでオシリスやイシス、ホルスなど、エジプト神話を知って、
またしても想像の世界が広がり、いっそうエジプトに憧れるようになった。

そのうち、エジプトのミイラを筆頭に、
世界各地の各種ミイラについても、更によく知るようになり、
キショクわる~と思いつつも、その神秘的な世界にのめりこんだ。
そこから発展してあれこれオカルト趣味の本も読み始めた娘は、
遺跡とか幽霊とか宇宙人とかも面白いなあ、と思うようになった。

ロンドン塔、ストーンヘンジ、ネス湖、など、
娘の趣味に合うスポットの多くは、イギリスにあることがわかった。
そして、ある日、また別の本を読んでいて、
大英博物館がミイラのコレクションを持っていることを知った。
そうか!イギリスに行けば、ミイラを見ることが、出来たのか!これだ!!

・・・ということで、以上、『ミイラ物語』に始まり、
話の舞台はエジプトから脈絡なくイギリスに渡り、
城塞に遺跡に湖水地方を巡り、しまいにロンドンに辿り着いた、
だもんで、今できることは英語の勉強です・楽しいです、
という、風が吹けば桶屋が儲かる的な、まわりくどさだった。