今のところ急ぐ話ではないのだが、舅宅を今後どうするかと、
主人は最近、いろいろ考えているようだ。
舅が亡くなってからも、姑の存命中は、
あそこは「ばーちゃんのおうち」と私たちは思っていたので、
家を維持・保持することしか考えていなかったのだが、
姑がいない今、私たちは、もう積極的に舅宅で暮らす必要性が、
ほとんど、なくなってしまった。
主人が生まれた古い家は、これとは別の場所にあったが、
かなり以前に取り壊され、土地も、今はもう人手に渡っている。
かつて舅が40代の終わりか50代の初めだった頃に、
『玄関から棺桶の出んような家じゃ、困る!』
と言い出して、新興住宅地だった佐伯区の某団地を見に行き、
建て売りとして出ていたものを買ったのが、現在の舅宅だ。
だから、この家は主人にとって、「実家」ではあっても、
「生家」と言えるほどの長い愛着は無いとのことだ。
当面は、これまで通り、墓参りのあとで舅宅に寄って、
できる範囲で掃除をしたり草取りをしたりして維持するわけだが、
いずれは、賃貸に転用するか、売却するかを決めないと、
住む人のない「物置」と、それに伴う固定資産税を、
将来的に娘が背負わされることになってしまう。
「でもさ。売るにしても貸すにしても、
中に入っとるもんをどうにかせんと、いけんじゃん」
主人は憂鬱そうだった。
舅宅は、元気だった頃の舅がタイトに片付けていたとは言え、
家財道具一式はあるし、外に物置も建っている。
中身は衣類や食器、その他生活雑貨、だろうとは思うのだが、
まさか見ないで捨てるわけにも行かないし、
ああしたモノを、私たちがひとつひとつ確認して、
処分するかどうかを決めなくてはならないのだ。
「わし、それをやる暇ないし、考えただけで憂鬱なんよ。
でも、わしだって、いつ何があるかわからんし、
このまま放っといたら、結局みーこ(転娘)が困るだけじゃん」
そういう議論をするのだったら、私の実家なんか、どうよ一体。
築100年を超えるオバケ屋敷が、あの現代の秘境の奥に建っている。
近所はほぼ全部の世帯が60代以上で、典型的な過疎の村だ。
買い手どころか、借り手もつくまい。
増改築を繰り返した迷路のような母屋プラス、納屋と土蔵もあって、
私の父が生まれる前から蔵の奥のほうに入れてあったという、
得体の知れぬものが、未だに手も触れられずに残っている。
こんなもの、「あばいた」だけで幽霊が出そうだ。
人里離れた物凄い山奥の、廃屋同然の平屋と、固定資産税納付義務。
そして、私がなんとかしなかったならば、これらはやはり娘に行くのだ。
どうだ、この可哀想さ加減は。
こっちはもう、「憂鬱」くらいでは、済まないぞ(--#)。