福岡:白秋 生家 | 転妻よしこの道楽日記

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柳川のもうひとつの名所は、北原白秋の生家だ。
地元の大きな造り酒屋の息子だった白秋は、
家業を継がせたかった父親の反対をよそに詩作に熱中し、
無断で早稲田大学の英文科に進学したそうだ。
白秋がもし本来の商家の跡取り息子におさまっていたら、
数々の詩歌も句も童謡も生まれなかったのだ。

白秋の青年時代に、生家の商売は傾いていたそうだが、
今、北原白秋生家・記念館として維持されている建物は、
酒造業者として繁盛していた当時の姿を復元した広大なものだ。
父親の居室や子供部屋、仏間、座敷などのほか、
店の部分や、土間や勘定部屋などもあり、
明治の商家の造りがよくわかり興味深かった。
白秋の書斎は、渡り廊下の向こうにある離れのような部屋だった。

一方で、天井や鴨居の低さを見ると、明治時代の日本人が
いかに小柄であったかが実感できた。
地元でも一二を争う商家だったこの家は、
座敷だけは12畳もあり天井がとても高かったが、
そのほかの部屋は、今時の170センチ以上あるような男性では
あちこち頭をぶつけそうな構造だった。

娘は世代的に新しい上、本人にさしたる向学心もないので、
白秋と言っても『ペチカ』も『待ちぼうけ』も知らなかった。
恥を忍んで歌ってやったが、「知らん」の一言で終わった。
しかも、白秋生家に展示されていた写真を見ながら、
「ふじむら、って誰?」
と娘が訊くので見たら、『白秋と藤村』と書いてあった。
藤村じゃ、島崎藤村!!