ポゴレリチは、どうやら2月に台湾で、
グウィニス・チェン嬢とのジョイント・リサイタルを行っていた模様。
钢琴家波哥雷里奇与陈毓襄首次在台连袂同台(大紀元・台湾地方新闻)
2月10日 台中中山堂
2月11日 台北国家ミュージック・ホール
『今度の師弟は協力して、ピアノの経典のプログラムリストが現れて、興味の友達は逃さないでください』
とExcite翻訳が言っている(爆)。経典って、すごくね?
もう終わった公演なのが返す返すも残念だが。
例によって例のごとく、自動翻訳はとても愉快だ。
もし、自動翻訳モノが初めての方がいらっしゃいましたら、
まず前提として、下記の文章中、
『波哥雷リッチー』というのがポゴレリチのことで、
『陳毓は襄』がグウィニス・チェン嬢である、というのをご理解下さい。
ほかに、ポゴレリチの名は、自動翻訳の機械によっては、
『波の兄のローリー奇』になって出てくることもあるので
この際ですから併せてご承知おき下さいませ(__)。
ポゴレリチの経歴はショパン・コンクール落選事件から語られるのだが、
『1980年の波哥雷リッチーのポーランドに参加するワルシャワのショパンのピアノ大会で、それ強情で不遜ですと独立独歩する解釈する風格』。
『彼は第3ラウンドの意外な思い(事故)で淘汰されて、更に「阿格に美しくてそれ(=アルゲリッチ)」が憤ったために怒るのが辞去します団の委員を審議することを望ませて、このような挙動は彼をすぐに国際注目する焦点にならせます』
チェン嬢のほうはポゴレリチ・コンクールの覇者であるという話で、
『1993年に波哥雷リッチーは全世界の注目する第1期の波哥雷リッチーの国際ピアノ大会を催して』『その時台湾からのピアノの新鋭と陳毓は襄をして、ぬきんでる琴の技でその他の各国の名手を打ち破って勝ち取って初めて表彰して、彼女の知名度を1夕方の間に暴騰させます』
『そのためも陳毓は襄をして波哥雷リッチーの夫妻のおほめの抜擢を受けて、しかもこちらの神秘的なピアノの巨星の直伝の弟子になります』。
このジョイント・リサイタルのプログラムは、
『ショパン、拉赫曼尼諾夫、布ラム斯、シューマン』
だったそうで、なんちゃってヤンキーな作曲家もいて、
よくわからないところもあるが、結局はポゴレリチは、
やっぱりいつものような曲を弾いたのだろうな(^_^;。
だいたい、この新聞記事は見出しからして見事だ。
『ピアニストの波哥雷リッチーと陳毓は襄をして
初めて手を携えて台と台にになります』
一体どんな曲芸を披露したのかという・・・・・・・・・・・。
オモシロいので、この件、もうちょっと追求してみたいと思います。